共和国という国
共和国首相との会談を終えたアドルフィーネが、迎賓館の寝室で伸びをしていた。
「殿下」
そっとやって来たマヤが、小声で声をかける。
魔方陣が展開し、音だけに限定した不可知の魔法 がかけられた。同時に魔導通信も使用する。
『部屋に怪しい魔力をいくつか見つけました。多分、盗聴のための魔導具が仕掛けてあります』
マヤが、魔導通信でさえ声を落として話しかける。
『そう。でも、何も喋らないわけにはいかないわ、他愛のない話でもしておくわよ。皆にも伝えておいて』
『はい』
『それと、それ以降は魔法の使用も控えてね』
『分かりました』
王女との魔法を解いたマヤが、他の近習たちに一斉に魔法を使い、王女の意思を伝える。
それを見たアドルフィーネは、満足そうに笑みを浮かべゆっくりと話し出す。
「それにしても、実のある会談だったわ」
そういう王女の表情は、事実は真逆であることを如実に表していた。
「首相閣下も知的な方だったしね」
会談に同席していた近習の一人が、思わず吹き出した。
チロリ、とそちらを見たアドルフィーネに、その近習は慌てて笑いを堪える。
実際、会談は罵倒合戦寸前な緊迫した状況だっただけに、王女の言葉は皮肉にしか聞こえない。
共和国側は一方的に王国の態度を批判し、自分たちの敵対的政策については一向に改めないどころか、アドルフィーネの批判を遮るようなマネさえして見せていた。
「一度、王国においでいただきたい気分だわ」
「王国にお呼びして、どうなさるんです?」
王女の呟きに、マヤが合いの手を入れるように尋ねる。
「決まってるわ。私自らお茶を入れて差し上るのよ」
そこら辺の雑草の煮汁でも出す気だな、とマヤは王女の表情から察していた。
「うんと甘いお菓子を、焼いてあげてもいいわね」
あぁ、激辛にする気だ、と部屋にいる全員が理解する。
「そういえば、この後の予定は何だったかしら?」
唐突にアドルフィーネは問いかけた。
「えっと、今日の今後の予定は、夕食の晩餐会だそうですけれど」
マヤが慌てて手元の資料をめくり答える。
それまではなにもない、というわけである。
王女は近習の一人を手招きし、二人の間で指をくるくると回した。
その近習の少女は、仕方ないなあ、と顔に表しながらも口を開く。
「時間があるならゆっくりするわ。楽な服に着替えるわよ」
その口から発せられた声は、アドルフィーネの声そのものといってよい程、よく似ていた。
もう一人の近習が服を着替え始める、こちらは豊かな金髪を整えれば、アドルフィーネと見紛うばかりに外見がよく似ている。
いそいそと平服に着替え始めるアドルフィーネを、ややシラケた表情でマヤは眺めていた。
「ふっふ~。久しぶりの街の空気だわ!」
平服に着替え、整え結い上げていた金髪を下ろしたアドルフィーネは上機嫌で町を行く。
「あの、殿下。余りはしゃがないでください」
ついてきたマヤとマイヤーが、慌てて後を追う。
「殿下ではなくフィーネと呼びなさい。バレちゃうでしょ」
「いや、まぁ、はい」
何か反論しようとしたマヤが、ムッとした顔のアドルフィーネに気圧されて素直に返事をする。
「折角街に出たんだから、色々見ておきたいじゃない?」
アドルフィーネの言葉に、なるほどと頷くマヤ。マイヤーは、すでに諦め顔であった。
「ちょいと、お嬢さん方!」
そんな三人に声がかけられた。そちらを見れば、バスケットに色とりどりの花を入れた中年の女性が笑っていた。
「迎賓館の方から来たんだから、外国の人だろう? どうさね? うちの国の花を買っていっておくれよ」
花売りなのだろう、バスケットから一輪花を取り出し、アドルフィーネに見せる。
「この花なんか、お嬢さんにお似合いだよ!」
「そうね、頂こうかしら?」
アドルフィーネが花を受け取り、代金を支払う。
「まいどあり! よい滞在になることを祈ってるよ!」
「ありがとう」
景気よく話す花売りに、僅かに屈託をみせたアドルフィーネが答える。
「一応、変な魔法とかは無いようですが」
花売りが充分離れたところで、マヤが確認するように話しかけた。
「殿下! この花は!」
マイヤーがアドルフィーネの手元の花を確認し、驚いて声を上げる。
「そう、死者に捧げる花よ」
アドルフィーネは、花を弄びながらそっけなく答えた。アドルフィーネに手渡された花は、共和国では死者を弔う際に用いられる花であるのだ。
「どう取るべきかしらね、共和国の一般人まで王国人を莫迦にするようになってきてるのか、それとも、私の行動を見て殺害予告のつもりか?」
アドルフィーネの眼差しが、真剣なものに変わっている。
「相場の3倍くらいの値段で売り付けられたから、莫迦にされてる方だと思うけどね」
アドルフィーネは、自嘲気味に笑う。最早、彼女一人の力ではどうにもならないところまで、事態は進行していた。
「十五年前の戦争が、まだ、尾を引いている。まあ、実質的に共和国の負けで、戦後処理を間違えればこうもなるか……」
「自分たちが酷い目にあったのは、全部王国のせい、とやられれば市民感情は最悪にもなります」
マイヤーが、慰めるように言葉をつなぐ。
「さて、一回り街をみてみますか」
アドルフィーネの言葉に二人は頷いた。
それからは散々だった。店では王国人に売るもんは無い、といって追い出されるわ、道を歩いていれば頭の悪そうな連中に絡まれるわで、ろくな目にあわなかった。
特に絡んできた連中は酷いものだった。明らかに見下した態度で下卑た言動を取っていたのだ。
曰く、「共和国人でも、女なら穴は使えるからな」とまで言われている。マイヤーが激怒して飛びかかりかけたが、「問題を起こしたら後々厄介よ」とアドルフィーネが制した。
結局、三人は、マヤの放心の魔法でその連中の意識を呆けさせた隙に逃げ出したのだった。




