事前情報
「会談も会食も全部が国家主席とじゃなくて、首相とってどういうことよ?」
プリンセスアドルフィーネ号の貴賓室に自室を構えたアドルフィーネが、呆れた声で告げる。
「一応私は王族なのよ」
「今回、国家主席閣下はどうしても公務が外せないとのことで」
共和国のルグラン外交官から事情を聞いたマイヤーが、冷や汗をかきながら説明していた。
「外国の王族と会談するより大事な公務がおありとは、国家主席殿もお忙しいのね」
舐められたもんだわ、とアドルフィーネは自嘲する。
国王の名代として、訪問している王族に応対するのは、国家の最高指導者であることが通常である。しかし、共和国はアドルフィーネの対応役に首相、つまり、最高指導者より一段落ちる地位にある、ヴィクトル・ド・レーヌ首相をあててきていた。
「これ、関係改善する気は無いってことかしらね」
アドルフィーネは何気なく呟く。その言葉に、彼女の身辺警護を行っていたマヤがギョッとした表情を見せた。
「もっと大艦隊で来てやるべきだったかしら?」
「余計強硬になりそうですが……」
マイヤーが、申し訳なさそうに口を出す。
「まあ、そうよね」
アドルフィーネもその点については、異存無かった。ただ、舐められっぱなしというのも癪に障る。
「どうしてくれようかしら」
「会談でガツンと言ってしまうのは、不味いですよね」
それまで黙って聞いていたマヤが、遠慮がちに口を開いた。
「不味いわね、途轍もなく不味いわ」
アドルフィーネが、自分に言い聞かせるように呟く。
「でも、嫌味言うくらいは言っておかないとね」
こうもあからさまに見下してくるとなると、一国の王族としてそのまま見過ごすこともできない。
「うちの国にディュクドレーを呼びつけて、トイレの前で会談してやろうかしら」
「流石にそれはやり過ぎでは?」
むん、と唸るアドルフィーネをマイヤーが窘める。
「共和国内の世論は、反王国に傾倒しています。想定していたよりもかなり市民感情は悪化しており、主要な新聞社は軒並み反王国の論調です」
続けてマイヤーが報告書を取り出し、ひらりと捲りながら報告する。
「あまりな行動をとると、何処から魔法が飛んでくるか分かったものじゃありません」
暗殺すら想定される状況です、とマイヤーが締めくくった。
「やれやれ、困ったものね」
アドルフィーネが溜め息をつく。
「確か、首都郊外まで表敬パレードをする予定でしたよね?」
マヤが確認するかのように、二人に尋ねた。
「いくら何でも、そんなあからさまなことはしないでしょう」
マイヤーが呆れ顔で答える。
「警戒は、しないよりしておいた方がいいわよ」
アドルフィーネが、真剣な表情で呟くように答えた。
「狙われるとしたら私なんだから」
「そんなことになったら、共和国の面子は丸潰れですよ?」
マイヤーが、納得いかない様子で答える。自分たちが主催した行事において外国の要人を守れないような国を、他のどの国が信頼するのか、そんな常識的な発想での発言だった。
「共和国がこれまで通り、王国との関係性維持を望む場合においては面子は潰れるけど、そうでない場合は……」
「かえって国民が、熱狂的に反王国を叫び始める」
「そうなった場合、最悪ね。取り返しがきかないわ」
自身の言葉に反応したマヤを、アドルフィーネは肯定した。
「最高に最悪な気分だわ。二つの国を両手に持ってガラスのロープを綱渡りしてるみたい」
しかも、掛け金は自分の命よ、と天を仰ぐアドルフィーネ。
「まったく、楽しくてしょうがないわ」
言葉とは裏腹な表情で呟いた。
「私たちがおりますので、殿下には指一本触れさせません」
マイヤーの言葉に、マヤも頷く。
「貴女たちの忠義を疑うつもりはないけど、想定外のことから簡単に護れるとは思わないわ」
アドルフィーネが、真剣な表情で二人を見た。
「だから、考えられる事態に対応できるよう、他の皆とよく打ち合わせしておいて」
「はい」
「承知しました」
二人も、表情を引き締め返事をする。
「明後日には共和国に着くわ。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
アドルフィーネは、遠く共和国の方向を見やる。
「何が出ようが、喰い破るまでです」
マヤが、決意を込めた口調でいいきった。




