艦隊司令
「失礼します!」
艦長室の前で、マヤは声を上げる。
「誰か?」
室内から誰何の問いかけがあった。
「マヤ・ミズキ三等陸尉であります!」
「入れ」
マヤは扉を開き、一礼して入室する。
室内には二人の中年男性がいた。二人とも、王国海軍軍人らしい締まった体躯をしており、制服の着こなしもいかにも紳士といった様子である。
「マヤ・ミズキ三等陸尉、命により出頭いたしました」
敬礼を行い、報告をする。その間に二人の男性をそっと観察した。二人とも穏やかそうな表情ではあるが、目の光は軍人のそれであった。
「艦隊司令を拝命することになる、フィリップ海軍中将だ」
二人の内、細身の男が答礼をし答える。
「この艦の艦長を務めるリーチ一等海佐だ」
がっしりとした体格の男が、重々しく答礼をした。
二人の超上位者が手を下ろし、やっとマヤも手を下げる。
「早速だが、本題に入ろう」
フィリップがそう切り出した。やや神経質そうに眉を寄せ、少しばかり声を潜めている。
「今回、王女殿下の海外歴訪は同盟国を巡り、最後に共和国に赴く予定だ」
共和国とは王国の海を挟んだ西側に位置する国家で、15年前の戦争で王国と熾烈に戦った相手である。
「最近の共和国の王国に対する敵対的政策が、圧力を増してきている」
フィリップは嘆かわしい、と言わんばかりに溜め息をつく。
「この間の多数の飛竜飛来も、共和国の意図があると思われる。そこで、王女殿下の親善訪問にかこつけて、艦隊で威圧するということになったわけだ」
フィリップは手を身体の前で組み、唸る様に言葉を押し出す。
「今回の共和国訪問は、最悪の事態として共和国軍、或いは多数飛竜、またはその両方と戦闘になるかもしれん」
マヤは黙って耳を傾ける。内心では、今の自分が知ったところで何ができるとも思えない内容に、若干戸惑っていた。
「我々は軍人だ。いざとなれば戦い、死ぬことすら結果として受け入れる覚悟がある。しかし、殿下を失う訳にはいかない」
フィリップはマヤの顔を正面から見つめ、言葉を紡いだ。
「ミズキ三等陸尉、君は王女近習として、殿下の最後の盾となってもらう。もしもの時は、我々を見捨ててでも殿下を守って欲しい」
ある種の悲壮な決意を顔面に浮かべながら、フィリップはそう告げる。
「君の魔導騎兵の操作席に、殿下が同乗できるようにする。それと、君を臨時特例的に三等海尉に任ずる。本艦以外に降りる際には必要だからな」
それまで黙っていた、リーチ艦長が口を挟んだ。
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
マヤが、自分でも嫌になるくらい冷静な声で発言した。
「言いたまえ」
「殿下が訪れたくらいで、共和国が態度を変えますか?」
もっともなマヤの質問に、フィリップは溜め息と共に答える。
「変わらんだろうな。既に共和国内の王国との融和派は、政治中枢から排除されつつある」
「なら、何故敢えて危険を冒す必要が?」
「王国は融和に努力した。共和国が王国を拒絶した。という構図が必要なのだよ。世界の国々に我々王国は被害者で、正当であると示すために」
フィリップは苦々しく吐き出す。その態度はまるで自分の言葉が信じられないような、そんな態度だった。
「まあ、王国も各派閥入り乱れての議会紛糾の末、こんな政策を行うのだから共和国を責められたものではないがな。こんなことをして殿下を失うことになったら、それこそ反王家派、ひいては国内の不穏分子どもに付け入る隙を与えてしまう」
「分かりました、殿下は必ずお守りします」
マヤは決意と共に宣言する。マヤにとっても、アドルフィーネ王女は恩人である。つまらない政争で危険にさらすなど、看過できるものではない。
「頼む。本来ならもっと大人の仕事ではあるのだが、君の実力を見込んでのことだ。すまんが命を懸けてくれ」
「はい、承知しました」
「本艦隊は明朝0600に集結。殿下の座乗式典の後、明後日1000に出港する。魔導騎兵の改良を明朝までに終えるようにしたまえ」
「分かりました」
「下がってよろしい」
「失礼します」
敬礼をし、艦長室を退出する。緊張と課せられた責任からどっと疲れが押し寄せるが、頭を振りそれらを振り払う。
「アインに殿下を乗せられるようにしないと……」
先ほど来た道を引き返しつつ、マヤは独りごちる。
「責任重大だね……」
思わず呟く言葉は、重く心にのし掛かった。




