事態急変
「うッ……」
ジャックは、微かに呻き目を開けた。
「……俺は生きているのか……」
ナイフの一撃は、かなり深かったのを覚えている。それなのに今身体に痛みは無い。四肢を拘束されている感覚だけが、ゆっくりと感じ取れてきた。
「致命傷だったんだがな……」
マイヤーが気づき、声を掛ける。
「感謝するんだな。どうしてもお前と話がしたいそうだ。マヤが魔法で生き返らせたも同然なんだぞ」
「ジャックさん!」
着替えたマヤがジャックの元へ急いでやって来る。
「何やら借りができたみたいだな」
ジャックが視線をマヤに向け、どこかぼんやりとした声で話しかけた。
「話を聞いてやる約束だったな」
「やっぱり、殺しは止めてもらえませんか?」
マヤが切実な声で訴える。
「あいつが喜ばない、だったか……」
ジャックは、マヤが以前言ったことを思い出し、寂しそうに呟いた。
「そうかもな。あいつは優しいやつだ、お前に似てな」
「じゃあ」
「だがな、あいつを死に追いやったこの国の貴族共が憎いのも変わらない」
ジャックは視線を宙に向ける。どこかに逡巡があった。
「結局は、復讐にかこつけた、俺の自己満足だったのかもな」
「あなたが何人殺しても、それであなたも不幸になっていきますよ……」
だって、あなたは人を不幸にしていることに気づいてる、マヤはそう続けた。
「貴族共がいくら不幸になろうがかまやしない、そう思ってたんだがな……」
まあ、捕まっちまったことだし、これ以上の殺しは無理かな、と意外に明るくジャックは呟く。
「たぶん死罪だろうしな」
「そう……なんですか?」
マヤはマイヤーをすがるように見て尋ねる。
「でしょうね、ただ、これまでの所業に証拠がなければ、今回の暗殺未遂だけなので死罪は免れるかも知れませんが」
マイヤーはマヤを気落ちさせまいと、希望的観測を口にした。
「そうしてもらえるように、殿下にお願いを……」
マヤが口にしかけたところで、部屋の中に不意に魔力の奔流が出現し、その中から人影が現れる。
「あらあら、大口叩いておいて、結局はこのザマかしら」
「アリシア!」
魔力の中から現れた人物にを見て、マヤとジャックの声がハモる。
「もうちょっと楽しませてくれると思ったんだけれど、残念、ざ~んねん」
「あんた、またフザケたマネをしてくれたわね!」
マヤが激昂して叫ぶ。
「私はフザケてないわよ。いたって真面目にゲームを楽しんでいるだけ」
「それがフザケてなくて何だと言うの!」
アリシアは不敵に笑い、マヤを指差す。
「あなたも不完全燃焼でしょう。暴れ足りないんじゃないの?」
「フザケるのも大概にしなさいよ!」
怒るマヤを尻目に、アリシアは勝手に話を続ける。
「そんなあなたに、クライマックスを用意して上げたわ。さあ、全力で立ち向かいなさい」
アリシアが両手を掲げ、魔力を宙に打ち出した。咄嗟に、その場にいた全員が身を伏せる。
しかし、なにも起こらず、しばし静寂が訪れた。やがて王都各所から、警報を示す鐘の音が響いてくる。
工廠の魔導通信機が、緊急通報をがなり立てた。
『飛竜警報! 飛竜警報! 即応可能な魔導騎兵は直ちに迎撃に移れ!』
「さあ、頑張らないと、王都は明日の朝には地図の染みになっちゃうわよ」
わざとらしく片目をつむり、頑張ってねと投げキスをして、アリシアは姿を消した。
咄嗟にマヤはアインの元まで走り出す。
「待ちなさい! あなたまだ怪我してッ!」
マイヤーが叫ぶが、マヤは振り返らずに叫び返す。
「大丈夫です! 魔法で治ってます!」
「うわぁッ!」
途中で飛び出してきたトールとぶつかりそうになった。
「っと、マヤちゃんだったすか。ちょうどいい、アインに新装備着けたとこだから、説明するっすよ」
「新装備?」
走りながら、二人は会話を交わす。
「アインの左腕に槍の射出機構を取り付けたっす。射出って言っても、8メルテくらい槍が伸びたら、元に戻るようになってるっす。魔力は補機の戦乙女の手投げ槍から取ってるから、かなりの出力があるっす。連続して使えるっすよ」
「えっと、杭打ち機みたいなもんですか?」
「そんなもんっす、すんません、テストもなしで」
「ぶっつけ本番でやれるだけやってみます」
会話を終え、マヤはアインの操作席に飛び込んだ。
魔導炉を立ち上げ、騎体の各部に魔力と術式を行き渡らせる。
「第三王女近習、マヤ・ミズキ三等陸尉、発信準備完了!」
報告後、直ぐに王都防空指揮所から返信がある。
「ミズキ三等陸尉、発進よろし! 飛竜は海側から接近中、各個の判断で迎撃に当たられたし!」
マヤは、アインを工廠から出すと、騎体各所の魔導推進機に魔力を込める。
「発進します。整備の方は下がってください!」
そう言うと、マヤはアインを大空へ飛翔させた。




