夜中の死合い
各々が奔走した日から幾日かたったある日の夜。
マヤは下ろしたての寝間着を着て、控え室で眠りについていた。
色々、魔法を受動発動できるよう用意し、一応は迎撃体制を整えていた。不安で眠れない日が続いては、返って付け入る隙を与えてしまう。そう考え、無理やりにでも眠るようにしていた。
だが、その眠りは突然に破られる。
控え室を中心に遮音の魔法が展開された。すぐさま跳ね起き、警戒するマヤ。
「来ましたね……」
そっとベッドを降り、警戒体制をとる。
ややあって、音もなく部屋の扉が開かれた。
「よう、今回は最初ッからお目覚めのようだな」
ジャックは部屋に侵入しつつ、軽口を叩く。
「まさか、同じ手で来るとは思ってなかったです」
マヤも負けじと言い返す。
「本当に、同じ手だと思ってるのなら、ありがたいな」
ジャックは手元の魔導結晶に術式を叩き込み、あらかじめ魔導晶糸で仕込んでおいた魔法を起動させた。
マヤの纏っていた寝間着から魔方陣が展開し、彼女の行動の自由を奪う。
「クッ!なにこれ!?」
更に魔方陣が展開、魔封じの結界まで発動する。
「あんたのサイズに合う寝間着に細工しておいた。魔封じと拘束の魔法を掛けてある寝間着だ。マトモに動くことも魔法を使うこともできん筈だ」
マヤの身体のサイズの特徴的、つまり、身長が平凡ながら出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる体型に合わせた寝間着に、魔導晶糸を使い術式をあらかじめ織り込んでおいた物を、近衛の支給品に紛れ込ませておいたのだ。マヤが、自分の体型に合った物を使うと読んでのことだ。そして、その読みは的中する。着用することで、魔方陣が立ち上がり、ジャックの持つ魔導結晶が振動する通知の魔法も掛けてあったため、チャンスを逃すこともない。
ジャックはナイフを取り出す。ナイフには毒を無効化された経験から、毒は塗っていない。あくまで物理的な致命傷を狙ったものだ。
「すまん、苦しませることになるが、ここで殺す」
「……生憎、諦めは悪い方ですので……」
自由にならない身体を強引に動かし、何とか身構えるマヤ。高速で術式を起動し、魔封じに抗う魔法を全身に掛けるが、その魔法も当然のごとく阻害されている。何とか動くのがやっとだ。
「そこまで動けることは大したものだが、諦めろ」
ジャックは冷酷に言い放ち、マヤに迫る。
マヤはベッドの縁に手を掛け、身体を支えるので精一杯だった。
喉笛を狙った一撃は、無理やり動かしたマヤの左手の平を貫いたところで止まった。
「なんだとッ!」
「まだ……死ぬわけにはいきませんッ!」
苦痛に顔を歪めつつ、マヤは言い返す。
「大したもんだよ、お前は!」
ナイフを引き抜こうとするが、マヤは左手でナイフを握り込んでいた。
「激痛だろうに、なんで握ってられる?」
「あなたの心の痛みに比べたら、これくらいなんてこと無い!」
「知った風な口をきくな!」
思わず激昂するジャック、そんな彼の背後から声が掛けられる。
「そこまでだ! おとなしくしろ!」
マイヤーを初めとする、護衛の兵たちが部屋の入り口に殺到していた。
「莫迦な! 魔法も音も隣の部屋でも通じてない筈だぞ!」
ジャックは、早すぎる護衛兵達の登場に取り乱しかける。
「魔法も音も駄目なら、物理的に繋げるだけです」
マヤは苦痛に顔を歪めながらも不敵に微笑み、ジャックに告げる。
「護衛詰所との壁に穴空けて、詰所側に抜いた髪の毛に結んだ鈴をぶら下げといたんです。何かあれば髪の毛弾いて鈴を鳴らせばいい」
髪の毛は細いから、暗闇では見えませんしね、とマヤは得意気に言い放つ。
先ほどベッドの端を掴んだ際に、張った髪の毛を弾いていたのだ。
「武装解除して投降してください。あなたを殺したくない」
「俺が逃げ方を考えてないとでも思っているのか?」
「逃げ方考えているなら、もう使ってる筈ですから」
「そうかい!」
懐から魔導結晶を取り出し、放り投げるジャック。
瞬く間に、ジャックの外見と魔導的な特徴を持った存在が現れ、近衛の兵に突進する。
「逃がさん!」
護衛の兵達は咄嗟に、その逃走経路を塞ぐように動いた。
それが何か、マヤは気付いていた。
「欺瞞の魔法!?」
どん、とマヤは突き飛ばされ仰向けに倒れる。
何者か、姿が見えないものにのし掛かられ、頚を絞め上げられる。
(不可視の魔法ッ!)
マヤは左手の平に突き抜けたままのナイフを、頭の上に掲げ右手を添える。
血が頚で止められ、視界が急速に赤くなった。
そのまま、思い切り自分の頚にナイフを振り下ろす。
「グアァッ!」
ジャックの姿が現れ、切り裂かれた右手を押さえながら、それでもマヤの頚を絞める。
「貴様ッ!」
漸く事態に気が付いたマイヤーが、ジャックに体当たりを掛け突き飛ばした。
気道が解放され、新鮮な空気を求めてマヤは激しく咳き込む。
マイヤーが自身のナイフを抜き、ジャックに突き立てようと振り上げる。
「まっ……てッ!」
マヤが掠れた声を上げ、身体を起こした。
だが、制止の声も聞かず、マイヤーはジャックの腹部にナイフを突き刺した。
「がッ!」
身体をくの字に折り、苦痛にのたうつジャック。
「取り押さえろ!」
マイヤーの指示で護衛の兵数人がかりで、ジャックを押さえつける。
「……駄目、死んじゃう!」
マヤが這うようにジャックに近づいてきた。
ここでジャックを死なせるわけにはいかない。まだ、伝えなければならない事がある。
意を決し、左手からナイフを引き抜く。
「くッ! あぁぁ!」
思わず苦痛の呻きが漏れた。
右手でナイフを逆手に持ち、自らの寝間着の首元に刃を当てる。
そのまま一気に服を切り裂き、服ごと自らに掛けられている魔方陣を破壊した。
「何を!」
マイヤーが驚いて制止しようとするのも構わず、半裸のマヤはジャックに近寄る。
ジャックの腹部の出血は相当酷く、このままでは死亡するのは確実と思われた。
「再生の魔法じゃ追い付かない……」
ペンダントのようにして首から下げていた、起動用の魔導結晶を右手で掴む。
「無駄ですよ! 致命傷です」
マイヤーがそう言い聞かせるように伝えるが、マヤは魔法を発動する。
魔方陣が展開すると、ジャックの腹部から溢れていた血液が、逆再生するかのように傷口に戻っていく。
暫くすると、何事も無かった様に傷口が塞がっていた。
「一体、どんな魔法を?」
マイヤーが、更に驚いてマヤに尋ねる。
「時間溯行の魔法です。局所的にしか使えないのと、時間がたちすぎると戻せなくなるんですけど」
間に合って良かった、とマヤは溜め息をつく。おもむろに自分の左手に再生の魔法を掛け、傷口を再生させる。肉が盛り上がり、傷口を埋めた。
「そんな魔法、聞いたこともないですよ……」
マイヤーを始め、護衛の兵達は皆呆然とマヤを見ていた。
「師匠にも命を救うとき以外に使うな、と念を押されてますから」
所謂、秘術ってやつです、とマヤは続ける。
「とにかく、この男は目を覚ます前に拘束しておきます。あなたは服を着て」
マイヤーに急かされ、マヤは漸く自分の姿に気が付いた。




