仕込み
「ふうん、それで次は殺してやるってことかしら」
王都の片隅にある広場、普段から露店などが並ぶそこで、ジャックは不意に背後から声を掛けられた。
折しも夕暮れ時、仕事上がりの工員などが一杯やっていく店を探してごった返している。そんな喧騒の中で、不気味なくらいに耳に良く響く声だ。
「アリシアか」
ジャックは振り向きもせず答える。あまり人目の有るところで会いたくは無かった。
「少し、手伝って上げようか?」
「いい、手出し無用だ」
アリシアのからかうような台詞に、即答するジャック。
「今回は俺だけでやる」
「大丈夫なの?前回は失敗してるのに」
不満げに聞いてくるアリシアに毅然と答える。
「俺の力だけで奴を殺す。そうしないと意味がない」
俺のやってきたこと全ての意味が、と心の中だけでジャックは続けた。
「で、どうするの?」
アリシアが、興味深げに聞いてくる。
「楽しみに待ってろ」
ジャックは短く言い捨てた。言葉も惜しいような様子で、一度止めた足を動かし始める。
「あら、楽しませるためにやらないんじゃ無かったの?」
意外、とでも言いたげに、アリシアはわざとらしく驚く。
「邪魔をするな。お前でも容赦はしない」
「あらそう」
楽しそうにアリシアが笑った。
「やる気になってくれて嬉しいわ」
「……チッ」
微かに吐き捨てて、苛立ちを隠しつつジャックは喧騒の中を歩く。
「じゃあ、頑張ってね」
言葉と共に、ふっと背後のアリシアの気配が消えた。
ジャックは気にするでもなく足を動かし、ある一軒の建物の前までやってきた。
等間隔に間を空けて、三回扉をノックする。
カチャリと鍵が開けられ、扉が開かれた。
「久し振りだな」
ジャックは中にいた人物に声をかけ、建物に入る。
中に入ると、どことなく埃っぽい匂いに包まれる。ロウソクの微かな光に照らされた内部は、目が慣れるまではものを見分けるのにも苦労する様子だった。
「ジャックじゃないか、本当に久し振りだな。まだ生きてたか?」
中にいた老人は、驚いたように声をかける。
「ボルトロイのじいさんに手配して欲しいものがある」
ジャックは、挨拶もそこそこに用件を切り出した。
「魔導晶糸一巻き、頼めるか」
魔導晶糸とは、糸のように使えるように細くしなやかに加工された魔導結晶である。当然値が張る上に、仕入先も特定されやすい。
「まあ、払うもんさえ払ってくれりゃあ、手に入れてやるぜ」
ボルトロイと呼ばれた老人はニヤリと笑って答える。彼は裏社会で非合法な物品や物事を取り扱う、言わばブローカーとでも言うべき人物だ。
「金なら出す。急ぎで頼む」
「毎度あり、取り寄せておいてやるよ」
「後は口の固い仕立て屋を一人、紹介してくれ」
ボルトロイは、キョトンとした表情でジャックを見た。
「魔法の服の行商でも始める気か?」
魔導晶糸と仕立て屋、そう考えると妥当な疑問ではある。
「まあ、そんなもんかな」
ジャックは曖昧に答え、はぐらかした。
一方、近衛の工廠では……
「マクダニエルさ~ん」
何やら自分の控え室で、護衛の近習の兵たちと話をしていたマヤがマクダニエルを呼びながら部屋から出てきた。
「あ、工廠長なら今お屋敷の工廠に帰ってます」
近くにいた人物がそう答える。
「あ、トールさん」
「代わりに、今オレがこっちにいるんで」
そう答えたのは、コッフォフェルト家の工廠にいたトールだった。
「何か用っすか?」
「ちょっと貸して欲しい工具があって……」
「工具っすか?」
マヤは手を合わせて小声で、トールに頼む。
「板に穴開けることができるやつが、使いたいんです」
「えっと、穴の大きさと板の厚みはどれくらいなんすか?」
「板は2メルチ、穴は5メルもあれば」
「うっす、じゃあ取ってきます」
話を聞いたトールは、工具類が置いてある一角に向かって小走りに駆けていった。
「さて、後は……」
マヤは背筋をあらためて伸ばす。
「やれることは、やっておかないと」
後悔はしたくない。自分のためだけでなく、ジャックの心に思いを伝えるために、なんとしても生き延びなければならなかった。




