ジャックの拘り、マヤの拘り
「あなたは、なぜ人殺しなんかやってるんです?」
マヤが歩きながら、小声で尋ねる。
「また、ど真ん中な質問だな」
ジャックは彼女の真横を歩き、答える。
「言わなかったか? 復讐だ」
二人は横に並んで歩く、お互いが前に出るのは危険と思っているためだろう、自然と位置が定まった。
「復讐……ですか? あたしを殺すのも?」
「……復讐だ……」
幾分か沈んだ声で、ジャックが答える。
「エルマさん、という方のですか?」
「調べたのか?」
「多少は……」
マヤの答えに、ジャックは軋むような声を漏らす。
「あいつはな、真っ直ぐな娘だった。他人の痛みを、自分のそれと同じように受け止めてくれる娘だった」
ジャックの手がグッと握り込まれた。
「たかが貴族どもの詰まらん争いなんぞで、命を落としていい筈無いだろう」
「でも、それは今あなたがしていることと、どう違うんですか?」
マヤが我慢できずに口を挟んだ。
「あなたがやっていることは、また、同じ思いをする人を産み出しています」
「お前に何が分かる!」
血走った目でマヤを見据えるジャック。
「たかが貴族に気に入られたくらいで、やれ勇者だ英雄だなどと持て囃されてるお前なんかに、分かるわけが無いだろう!」
「分かりません! 分かりたくもありません!」
マヤも負けじと睨み返す。
「でも、それでも、殺しちゃ駄目ですよ」
少し声を落とし、マヤは囁くように続ける。
「何をしたって、失われた命は戻ってこないんです」
マヤは自らの過ちを悔いていた。あの時、気を抜かなければ、今もまだ生きていた筈の命を思う。
「だから、弔ってやるんだよ。俺がこの手で」
「それで、あたしを殺して弔いになるんですか? エルマさんが喜ぶんですか?」
マヤが必死に訴える。ジャックはその姿を見つめ、暫くして口を開いた。
「……貴族どもが悔しがるなら、喜ぶだろうよ」
「あたしはそうは思いません」
「だから、お前に何が分かるんだ」
「あたしも、あれから考えてました。もしあのままあたしが死んで、それで誰かがあなたを殺してくれたとして、それで嬉しいかって」
マヤは真剣な表情で告げる。
「あたしは嬉しくない。ちっとも」
いつの間にか、二人の足は止まっていた。
「その顔で、その声で言うのは止めてくれないか」
ジャックが視線を逸らし、初めて聞くような弱々しい声で呟く。
「あいつが言ってるみたいで、その、辛いんだ」
「だったら、もう止めてくれませんか?」
二人の間に長い沈黙が落ちる。
「……それはできない。今の生き方をそんなに簡単に変えられる程、軽い気持ちでやってるんじゃない」
「そう……ですか」
ジャックがゆっくりと口を開く。
「次は全力で殺しにかかる。止めさせたいんなら、殺されるな」
マヤはジャックの表情から、ある種の決意を見て取った。
「お前が生き残ったら、もう一度話を聞いてやる」
「分かりました。絶対に生き残って見せます」
マヤも決意を込めた表情でジャックを見返す。
「じゃあ、またな」
ジャックは軽く手を振り、角を曲がった。
「ええ、また会いましょう」
マヤはその後ろ姿を、長い間見送った。




