ジャックの苛立ち
ジャックはいつもの飲み屋で、親の敵かのようにグラスを睨み付けていた。
「あらあら、いつにも増して不機嫌ねぇ」
茶化す様な言葉を発しつつ、暗闇からアリシアが現れる。
「けっ、分かってる癖に良く言う」
ジャックは忌々しそうに吐き捨てた。
「仕事、終わったぜ」
「あら、早かったのね」
さっさとやらないと情が湧きかねないしな、との言葉をジャックは飲み込んだ。
「でも残念、あの娘、まだ生きてるわよ」
「莫迦な、毒を飲んだんだぞ!」
驚くジャックに、アリシアは楽しそうに笑って見せる。
「魔法で対策してたみたいね」
「クソ!」
ドン、とテーブルを叩くジャック。苛立ちの中、微かに喜んでいる自分が居ることに、余計に腹が立つ。
「復讐者さんも案外詰めが甘いのね」
アリシアが粘つくような声色で囁いた。
「それとも、情が湧いちゃった?」
「ふざけんな!」
アリシアに挑発され、ジャックは怒りに任せて立ち上がる。
「今度はきっちり始末してやる」
「しっかりね、楽しみにしてるわ」
「あんたからの依頼だが、あんたを楽しませるためにやってる訳じゃない」
「あら、そう? ま、どっちでもいいけど」
しっかりやってちょうだい、とアリシアが告げる。
「勿論だ」
それだけ言うと、ジャックは足早にその場を去る。その足音はいつもより大きかった。
「ふふふ、楽しみね」
椅子に腰を下ろし、足を組んだアリシアは外観相応に可愛らしく笑う。
「さあ、次はどうするのかしら? 楽しみだわ」
楽しくて楽しくて仕方がないといった様子で、アリシアは呟いた。
ジャックはアリシアと分かれた後、どこに向かうでもなくふらふらと歩いていた。
脳内に怒りが満ち、どうして良いか分からずに歩く内に、気がつけば郊外までやって来ていた。
「そういやぁ、あの工廠はこの近くだったな……」
何気なく呟き、無意識に足をそちらに向ける。
やがて、近衛の工廠前にまでたどり着くと、見るとは無しに中を覗き込んだ。
衛兵に怪しまれぬよう、足は止めず通りがかった風を装う。
「……ッ!」
たまたま、立哨している衛兵の直ぐ後ろの衛兵詰め所から出てきた少女と目が合い、心臓が止まらんばかりに驚く。
「あっ! あの! ちょっと!」
少女から声をかけられ、逃げるかと逡巡するが、返って怪しまれると思い足を止める。
「何か?」
努めて冷静を装い、受け答える。
その少女はジャックの顔を見て、小声で告げる。
「少しお話できますか?」
「俺には君と話すことは無いんだが?」
その少女、マヤに対してジャックはなるべく冷酷に聞こえてくれ、と何かに祈りながら答えた。
「ここで大声を出しますよ」
「俺が何の準備も無く、ここに来たと思うか?」
「準備が有るなら、お話しするくらい大丈夫ですよね」
うっ、と言葉に詰まるジャック。必死で頭を働かせ、窮地を脱しようと画策する。
「あそこの角まで歩きながらなら、話をしてもいい」
少し先の角を指し示し、ジャックは折れた。
そこまで行けたなら、後は逃げられそうだ。それに彼女も、それ以上は付いてこないだろう。自身の安全を考えるなら、衛兵の視界から外れるようなことはしない筈だ。
「いいですよ、そうしましょう」
少女も答え、二人は揃ってゆっくりと歩き出した。
今回も引きます。
次回をお楽しみに。




