夜の山は危険がアブない?
「さて、と」
防寒着を着こんだマヤは、ガッシリした造りの眼鏡を取り出す。
両のレンズの間に埋め込まれた魔導結晶に指をあて術式を起動した。レンズ部分に魔方陣が展開し微かにレンズが煌めく。
部屋の灯りを消して、眼鏡を着ける。後頭部へバンドをかけ、ずり落ちないよう固定した。
ゆっくりと目を開けると、真っ暗なはずの室内がまるで昼間のようにはっきりと見える。
「先生の暗視鏡はやっぱりすごいわ」
これは、村を出るときに自称大魔法使いが、餞別に渡してくれたものだ。
暗い夜道も暗視鏡で安心、とかオヤジギャグかましながら。
ほぼ光の無い状況でも、視界を確保できる、しかも魔力消費はほとんどしない。
マヤが夜の山に行くつもりになったのは、この暗視鏡が有ったからだった。
「じゃあ、行きますか」
マヤは、夜の山に向かって駆け出していった。
「たしかこの辺りに、と、あった」
幸いなことに風も無く穏やかな天候であったことと、暗視鏡のお陰で道に迷うこともなく、目的の場所にたどり着いたマヤは、慎重に花の蜜を採取する。
持ってきた小瓶に蜜を移し、目の前にかざしてみた。
「子どもなんだから、これくらいで足りるかな」
ちょんちょんと瓶を振り、満足げに微笑む。
と、その微笑みが凍り付いた。
「マジか……」
掠れた声で呻く。
小瓶の向こうで巨大な影が動いたのだ。
「アイツがこんなに村の近くに来てたなんて……」
そう、あの暴れ竜だ。それが今、マヤの視線の先を、のしのしと特に警戒するでもなく歩いていた。
「まだ気付かれてない、といいけど」
マヤは姿勢を低くし、息を殺す。
「こっちに来るな、あっち行っちゃえ」
祈りが天に通じたのか、暴れ竜が山の方を向く。そのまま、やはりのしのしと山を登り始めた。
「行った、かな?」
暫く動けずにいたマヤは、漸く体を起こした。そのまま、静かに山を降り始める。
「アイツだって夜は目が利かないはず……」
じゃあ何で夜にうろうろしてるんだ、と考えて、最悪の結論を導き出す。
「……獲物の臭いを探してる?」
遠くから、例の金属を擦り合わせたような咆哮が聞こえた。
「なんか不味いんじゃないの!」
脱兎のごとく駆け出し、転げ落ちんばかりの勢いで山を駆け降りる。
地鳴りのような足音が、徐々に近付いて来ている気がする。
「不味い! 不味い! 不味い!」
一か八か、前方に見えてきた林の中に逃げ込むと決意し、速度を上げる。
最早、はっきりと足音が聞こえてきた。
「間に合えー!」
前方の木々の間に飛び込む。そのまま斜面をズルズルと滑り落ちつつ、それでも、走る。
直ぐ近くで、例の咆哮が鳴り響いた。だが、足音は止まっている。
林の中を駆け抜けつつ、徐々に咆哮が遠くなっていくのを心底安堵するマヤだった。