日常
ある日、近衛の工廠に設けられた待機室で、マヤは金属の板とにらめっこしていた。
「なにやってんだぁ一体?」
書類を届けに来ていたマクダニエルが、不思議に思い声をかける。
「魔導反応装甲の術式、改良できないかなって思って」
マヤが、金属板に術式を送り込みながらそう答えた。金属板は魔導反応装甲の試料片だった。
「障壁の魔法が受動発動するよう術式が施してあるんだろ? どう弄る気だ?」
「操作席側からの操作で、任意でも発動できるように出来ないかなって」
「そんなことして、何かいいことあるのか?」
「全力で障壁張る時とかに同時に張れると、あたしが少し楽になります」
「そもそも、全力で障壁張る事態を避けようや……」
若干呆れつつ、マクダニエルは忠告する。
「もう少し、逃げるなり避けるなりしても罰は当たらんぜ」
「そうは言われても……避けられないことも有りますから」
そう言って、またマヤは熱心に金属板に術式を送り込む。
「まあ熱心なのはいいが、書類の処理はしといてくれよ」
どっさり積まれた書類をぽんぽんと叩き、マクダニエルはニヤリと笑う。
「さっさと処理しねぇと、支払い期日に間に合わねぇ」
「会計局はおっかないですからね」
マヤも笑い返す。会計局は支払業務を行う部局で、軍の財布を握る最強の部局として様々な部局から恐れられている。書類不備にはいつも厳しい態度で当たってくる、融通の利かない部局として名高い。
何時の世も金を握っている所は強いのだ。
「先に処理しちゃいますか」
漸く金属板から視線を外し、書類に目をやるマヤ。
「頼んだぜ、何せ数が多いからな」
「魔導騎兵って金食い虫ですね、ホントに」
書類を捲りながら、思わずぼやく。
「アインはむしろ安く済んでる方だ。近衛の正規採用騎なんか倍は掛かる」
「なんでです?」
「嬢ちゃんが動かすときに、構造強化の魔法を併用してくれてるお陰でな、間接やらフレームの消耗が押さえられてる」
その代わり魔力伝達管の消耗は早いがな、とマクダニエルはニカッと笑う。
「費用的には魔力伝達管の交換の方が安いんだよ、整備も楽だしな」
「あ、そうだったんですね」
マヤが構造強化の魔法を併用して動かしているのは、最初に使った案山子がボロだったため、構造強化を使わないとまともに飛竜とやり合えなかったからだが、それが以降癖のようになってしまっているからだ。
「構造強化使っておくと、殴り合いになった時とかに踏ん張りがきくので」
「そりゃあ大事だがよ、良く戦闘しながらそんな魔法を行使できるよな」
「先生に教わってるときは、10個くらい同時に行使させられましたから……」
「……俺は魔導士じゃないからなんとも言えんが、それ、地味にとんでもねぇ事じゃねぇのか?」
「たぶん、そうなんでしょうね……実感あまりないですけど」
鼻の頭を掻きながら、マヤは自信無げに答える。
「さすがに、戦闘しながら10個なんて無理ですけど」
「いや、普通戦闘しながら複数行使ってだけで、相当難易度高いんじゃねぇのか?」
「案外、慣れればどうってことないですよ?」
「そりゃ嬢ちゃんだけだよ」
ガックリと肩を落とし、マクダニエルはマヤの無自覚に呆れて見せる。
「まあいいや、邪魔したな。書類は処理しておいてくれや」
「はい」
返事をしたマヤは書類に向き直り、覚悟を決めて書類と格闘を始めた。




