復讐者
王都、下町にある繁華街。肉体労働者たちが喧しく騒ぐ裏通りを抜け、静かになった辺りにある少しだけ質のいい飲み屋で、その男は一人、テーブルに着きグラスを眺めていた。痩せやつれた雰囲気のあるその男は、何度かグラスを見やるが手には取ろうとしない。
「ジャック。お久し振り」
唐突に男の前に使用人の服を着た少女が現れた。何処からかやって来たなど出はなく、本当にその場に急に現れたようだった。
「久し振りってったって、俺は会いたくは無かったんだがな」
ジャックと呼ばれた男は、突然現れたアリシアに驚きもせず平然と返す。
「相変わらず、神出鬼没な奴だ」
「仕事の話を持ってきたのよ。少しくらい喜んでもいいんじゃないの?」
アリシアが可愛らしく頬を膨らませて主張するが、その姿に目もくれずジャックは言い捨てる。
「やるかやらないかは俺が決める。前にも言った筈だ」
「貴族関係者以外は殺らない主義だっけ? 難儀ねぇ」
「うるせぇ」
ジャックは裏社会ではそれなりの実力で一目おかれている殺し屋である。彼の主義は、貴族とその関係者以外は殺さないといったものであった。
「ま、いいわ、今回頼みたいのはこの娘よ」
とさっ、と数枚の紙をジャックの手元にアリシアは落とした。
「マヤ・ミズキ? 名前からすると平民みたいだが?」
紙にさっと視線を走らせ、ジャックは明らかに乗り気でない態度を見せる。
「王家派筆頭の公爵家、コッフォフェルト家の息女エリザベートと昵懇の間柄よ。その伝手で第三王女アドルフィーネの覚えもめでたいわね」
くしゃ、とジャックの手の中で紙が潰される。
「ただの平民じゃねぇみてぇだな」
「『ただ』の平民でないことだけは確かね」
アリシアは、わざとらしく指折り数える。
「今は王国軍統合本部情報局付きで第三王女近習に出向中の三等陸尉。魔導騎兵操者で飛竜撃墜20オーバーのスーパーエース。生身で暴れ竜の首叩き切ったこともあるそうよ」
「待て待て待て、どんな化けもんだソイツは?」
「保持魔力量は、並みの魔導士10人以上は有るって話ね。術式の構成速度と正確性は国内でもトップクラス。同時に三つ四つの術式行使くらいなら簡単にやってのけるわ。不可知の魔法を戦闘中にやってのけたこともあるわね」
「人外の化けもんじゃねぇか……並みの魔導士なら同時に二つの術式行使がやっとだぞ。それに不可知を戦闘中に使っただと? 一流の魔導士でも相当の集中が必要な高難易度の魔法だぞ、ありゃあ」
どうやって殺せって言うんだ? とジャックは思わず呟く。
「反王家派の貴族も何度か殺そうとしたけれど」
無理だったわ、とあっけらかんとアリシアは答えた。
「だ・か・ら、あなたに依頼してるのよ」
人差し指を振りつつ、アリシアはジャックの顔を覗き込む。
「王都でも腕利きの殺し屋、ジャック・フリードに」
「殺し屋って呼ぶんじゃねぇ。俺は復讐者だ」
貴族の下らない権力闘争に巻き込まれ全てを失い、だからこそ貴族に復讐を誓う男。それがジャック・フリードという男だった。
「で、誰からの差し金だい?」
「マンシュタイン侯爵ということになってるわ」
それを聞いて、ジャックは軽く笑った。
「なるほどな、成功すれば王家派筆頭のコッフォフェルト家、失敗しても反王家派のマンシュタイン家に泥を被せられるわけか」
「そう言うこと。感謝してほしいわね、あなたの好みになるようにお膳立てしてあげたのよ」
「ご配慮有り難く頂いておくかね」
ジャックは立ち上がる。
「報酬は前金で4割、新品じゃない王国金貨で頼む」
後ここの払いな、と言いつつアリシアに背を向けた。
「受け渡しはいつもの方法で」
立ち去りつつ、手を振る。
「期待しているわ」
アリシアはジャックを見送りつつ呟く。
ジャックが立ち去ってしばらくして、アリシアは立ち上がった。口の端が歪に持ち上がる。
「さあ、ゲームを始めましょう。あなたは何処まで楽しませてくれるかしらね? マヤちゃん」
心底楽しそうな笑顔を覗かせ、アリシアは独りごちた。
三章開始します。ペースはゆっくりですが、頑張りますので、是非お付き合い下さい。




