家屋調査
これはまだ、マヤがゴルト村に着いたばかりの頃の話。
「駐在さん? 家の納屋を壊したんだか、税金はどうなるね?」
と、駐在所にやってきたのは
「あぁ、えぇーとブルタックさんでしたか?」
マヤは曖昧な記憶から、相手の名前を引き出す。
「納屋を壊されたんですね。じゃあその分、資産税が安くなる筈ですね」
課税されている家屋の一覧を引っ張り出しながら、マヤは答えた。
「ちょっと見に来てくれんかね?」
ブルタックは、早くやってくれと言わんばかりの態度で頼み込んでくる。
「では、現地を確認に伺います」
慌てて、ブルタック家の課税家屋の台帳を掴み、記入用の用紙を用意してマヤは立ち上がった。
「ここにあった納屋を壊したんだ」
ブルタックは更地になった自宅の敷地の一角を指し示し、マヤに主張する。
「なるほど……」
マヤはパラパラと台帳を捲り、現場の確認をする。
「あれ、母屋がこれで、西屋があって、で……」
何度も現場の建物と台帳を確認したマヤは、さーっと血の気が引いていく気がした。
「どうした?」
ブルタックが無遠慮に聞いてくる。
「ブルタックさん、納屋、課税されてなかったです」
マヤは掠れた声で漸く告げる。
「はぁ!?」
「だから、税金掛かってなかったんです!」
「なんでだよ!」
マヤは必死になって、古い台帳に目を凝らす。
「この納屋って、昔は馬小屋じゃあなかったですか?」
古い台帳の微かな記載に気が付いたマヤは、恐る恐る尋ねる。古い台帳にはそこに馬小屋が有ることになっていた。
「あ、確か曾祖父さんが馬小屋で建てて、爺さんが納屋に改築してたな」
「それです! 馬小屋は三面に壁が無いんで課税されないんですよ!」
本当は納屋にした時に課税されてなきゃいけないんですけど、とマヤは説明する。
「じゃあ、あれか40年くらい税金得してたと?」
「厳密には脱税ですけど、現状、建物なくなっちゃいましたし……」
「じゃあ、追加で払わなくてもいいのか?」
「改築に気付かなかった役人のミスでもありますので、追加は無しでも大丈夫かと思います」
そんな受け答えをしつつ、台帳を見ていたマヤは、また嫌なことに思い至る。
「ブルタックさん、あの牛小屋いつから有ります?」
「あぁ、あれか? 20年前に牛を買ってからだな」
「あれ、税金掛かる建物なのに、掛かってません」
「なんだと!? たかが牛小屋だぞ!?」
「三面に壁があって基礎まで作ってある建物は、税金が掛かるんですよぅ!」
「そんな莫迦な話があるか!」
怒り心頭のブルタックに、マヤが必死に説明した。
「なんだ! せっかく壊したのに、税金増えるのか!?」
「ちょっと待って下さい、落ち着いて!」
ブルタックをなだめつつ、マヤは必死で解決策を模索する。
はた、と思い付くものがあった。
「この牛小屋、大分臭くないですか?」
「なんだお前!」
「いえ、実家でも牛飼ってましたけど、向こうの壁を抜くと空気が通って臭いも抜けるかと」
「だから! それとこれと何の関係が……っ!」
何かに気が付いたブルタックに、マヤが囁くように告げる。
「今建っている建物は、来年になった時点の状態で課税されます。で、課税されるのは基礎が作ってあって、壁が三面以上ある建物です」
「あぁ、そう言うことか、つまりあれだな? ちと、牛小屋の臭いが抜けないから手を入れようと思うんだが、今年中にやるから年末に確認に来てくれや、ってことか?」
「そう言うことです」
つまり、今牛小屋には三面の壁があり一面が開いている、もう一面壁を壊し、その後に確認すれば税金は掛からないと言うことになる。
「話の分かる駐在さんで良かったよ」
本当は掛かっていなかった分の税金を取るのが、良くできる役人なのだろうが、マヤにはそこまで徹底して冷徹には成りきれなかった。
「書類上はそれで問題ありませんから」
書類上問題なければ、問題視されることもない、誰にとっても良いことである。
「じゃあ、今日はこれで」
「あぁ、忙しいのに悪かったね」
ブルタック家を辞し、帰路に着くマヤの足取りは、問題を解決することが出来た気分のとおり軽いものだった。




