対決
王城から戻ってきたマイヤーの話では、翌日、近衛を動かし、ヴォルフガング邸を囲むとの話であった。
今日は、マヤも工廠の方で休むようにとの指示があり、警備の近習の隊員も増やされている。
アリシアに付いては、明日、近衛に合流した際に身柄を引き受けるので、今日はマヤと共に護衛するとのことだった。
その夜半、工廠周辺に、強力な睡眠の魔法が展開された。マヤが念のために工廠周囲に展開しておいた感知の魔法が反応し、条件付けして起動する様にしておいた抗魔法が起動する。抗魔法の効果で睡眠の魔法に抗うことが出来たマヤは、目を覚ましムクリと起き上がった。
敵意を持った何者かが近付いて来ている、と確信する。
と、傍らのアリシアから、薄明かるい魔法の光が立ち上った。
ぼうっとした表情のアリシアが、ゆっくりと身を起こす。
「アリシア、どうしたの?」
マヤが声をかけるが全く反応しない。
「アリシア!」
マヤがアリシアの両肩を掴み、揺さぶるが全くの無反応だ。見れば胸元のペンダントが怪しげな光を放っていた。
「きゃっ!」
アリシアを押さえようとしたマヤは、とても少女のものとは思えない力で弾き飛ばされる。
「アリシア、なにが……」
部屋を出ていくアリシアを追いかけると、やがて、その先に一人の男の姿があった。
「ほう、我が魔法に抗った者がいたか……」
その男は感心した声を漏らす。その声から歳は初老くらいか、とマヤは推察した。
よく見れば、随分と身なりのよい格好をしている。それらは、男がそれなりの地位にあることを示していた。
「あなたは、誰です!?」
マヤは警戒しつつ誰何する。アリシアと自分を守れるよう、位置取りをしながらだったが、アリシアはどんどんと男の方に歩いて
行ってしまう。
「我が名を知る栄誉を授けよう、下賎な女よ」
男は不遜な態度で続ける。
「我が名はブルクハルト・ヴォルフガングである」
「ヴォルフガング伯爵!?」
マヤはいきなりの大物に面食らった。
そうこうしている間に、アリシアは男の下へたどり着き、控える
ように男の後ろへ立った。
「アリシアに何をしたのよ!」
「見ての通り、私の使用人に戻らせただけだ。少々悪戯が過ぎたようなのでな」
なんでもない事のように、男、ヴォルフガングが言う。
「魔法で操っておいて、よくもヌケヌケと」
マヤは歯ぎしりするが、アリシアを人質に取られているような状態である、迂闊に手が出せない。
「この小娘が大事なら、明日我が館に来るがよい」
もてなしてやろう、と勝ち誇ったヴォルフガングが告げる。
「全ては予定どおりであるのでな、明日、近衛でも軍でも連れてくるとよい、全て撃ち破ってくれよう」
「また竜を呼び寄せるつもりね!?」
「さて、どうかな?」
「あたしが素直に明日を待つと思う?」
「今からここで、一戦交えてもよいぞ? 貴様に女の有り様と言うものを教育してやろうか?」
「アリシアは返して貰う!」
術式を組み上げ、火炎の魔法を放つマヤ。
その時、すっとアリシアが前に出て、腕を振るう。それだけで、マヤの魔法が掻き消された。
「抗魔法!?強い!」
「さて、どうする?今なら見逃してやってもよいぞ」
「くっ!」
どう考えてもマヤが不利である、やむ無くマヤは後退することにする。
「アリシア、必ず助けてあげるから、少し待ってて!」
灯火の魔法を、発動時間最小、発光強度最大で発動させ、一瞬の閃光を発生させた。
同時に不可知の魔法を使い、その場から逃げ出す。
「ふむ、逃げ足は一流だな」
煽ってくるヴォルフガングに構わず、マヤはその場を後にした。
マヤはその足で手近な近衛の詰所に駆け込み、王城へと連絡を取る。
王女を叩き起こすことになったが、そんなことを気にしている状態では無かった。
即座に近衛が緊急招集され、進攻準備が成される。
近衛が行動を開始したのは、まだ夜が明けきらぬうちであった。
マヤもアインを起動させ、周囲を警戒させていた。竜を呼び込む可能性が高いことに加え、地割り竜の様に、接近が掴みにくい竜に対応するためである。
近衛の部隊がヴォルフガング伯爵邸に後少しまで近付いたその時、館の一部が轟音と共に崩れ去った。
その跡地には人を10倍にした程の影が二つ。
「魔導騎兵だ!」
誰かが叫ぶ。
王都の周辺を警戒していたため、不意を突かれた形の近衛の魔導騎兵が、突如現れた魔導騎兵から砲撃を受け、数騎瞬く間に破壊される。
アインにも砲撃が飛んでくるが、魔導反応装甲が障壁の魔法を展開し、辛うじて事なきを得る。
「一騎は伯爵?もう一騎はもしかして……」
マヤは現れた騎体を見つめて呟く。
『ご名答、と言ったところか?』
一騎、豪奢な飾りを付けた騎体から通信が入った。
「ヴォルフガング伯爵! こんな街中で魔導騎兵を使うって、正気ですか!」
『正気も正気。さて、まずは目障りな王城を吹き飛ばしてやるか』
二騎の魔導騎兵が魔導砲を王城に向ける。
「させない!」
マヤはアインを飛び出させ、一気に距離を詰める。
『かかったな、莫迦め!』
飛び出してきたアインに、二騎から砲撃が放たれる。
マヤは障壁の魔法を展開し、砲撃を受け止める 。が、
「なにこれ!? 強力過ぎる!」
砲撃に勢いを殺され、街の大通りへと不時着させられてしまった。
アインに被害は無いが、街を守りながらでは苦戦は必死だ。
『竜を操るだけではない。竜の魔力塊を搭載することで出力が強化されているのだよ』
魔力塊とは竜の体内の機関の一部で、魔導騎の魔導炉にあたる働きをする物だ。使える状態のものを手に入れるためには、死んで直ぐ取り出さなければならない。
「竜を呼び寄せ、殺して魔力塊を抜き出したのか……」
やることがえげつない、思わずマヤは吐き捨てた。
『さて、どうする? 救国の英雄? 王都民を見殺しにするか? それとも、そこで指を咥えて見ているか?』
「こうなったら、一か八か」
アインの魔導炉を、二つとも全力で稼働させる。
狙いはヴォルフガングの乗る魔導騎兵。
「いっけー!」
街の建物の上を掠めるように飛翔し、ヴォルフガングの騎体に一気に詰め寄る。
砲撃を最小限の動きで回避し、騎体に掴みかかった。
『小癪な!』
「こんのおぉぉっ!」
そのまま騎体を持ち上げ、再度飛翔する。ぐんっと高度を一気に上げ、街の外の荒れ地に叩きつけるように急降下し、ヴォルフガング騎を放り出す。
『なかなかの馬鹿力だな。味な真似をしてくれる』
さしてダメージを受けた様子もなく、ヴォルフガング騎は起き上がった。
『さて、魔力の無駄遣いさせたことだ、そろそろ止めをくれてやろう』
「あたしとアインを舐めると、痛い目見ますよ」
マヤも負けじと言い返す。
後方から、もう一騎の騎体が護衛するように飛翔してくるのを確認して、マヤはアインの操縦桿を握り直した。




