一角獣
「さて、手を出すなと言われても、気になっちゃうからね」
マヤは近衛の工廠脇に設けられた控え室で、一人呟く。
紙の上にさっと図を書く。ヘッケンバーグ伯爵を中心に記し、各貴族との力関係を書き入れていく。これは近習の、自分を護衛している騎士達から聞いた噂や、情報局で見た資料を元に、マヤが想像したものだ。
「反王家派閥の貴族がまず怪しいって、アンダースンさんが言ってたから……」
いくつかの貴族の名前を、紙に書き込んでいく。
「ヴォルフガング伯爵、マンシュタイン侯爵、ノイマン男爵……」
はた、とマヤの手が止まる。
「嫌になるくらい数が多い……」
ざっと片手では収まらない、これだけの貴族から恨まれたと想像すると、
「あたし、今まで良く生きてこられたな……」
背中を冷たい物が走る。まるで抜き身のナイフを当てられた気分だ。
「殿下も大変なんだろうな……」
噂に聞く、議会、それも貴族院は、途轍もない伏魔殿なんだろうな、と容易に想像できる。
「あたし、村の駐在のままだったら、今頃どうなってたことか」
考えるだけでゾッとする。
「まあいいや、これからの事を考えないと」
頭を振り、嫌な想像を追い払った。
「ヘッケンバーグ伯爵に裏から手を回せるんだから、大物のはずよね」
子爵、男爵といった貴族を外していく、と、残りは僅かだ。
「ヴォルフガング伯爵とマンシュタイン侯爵か……」
さて、どちらだろう? と考えたところで、扉が乱雑にノックされる。
「あっ……はーい!」
咄嗟に書き込んでいたメモを、机に積んであった書類の山に押し込み返事をする。
「嬢ちゃん、邪魔するぜ」
と言って入ってきたのは、
「マクダニエルさん、どうかしましたか?」
「どうもこうもねぇよ、書類出来上がったか?」
新たに書類の束を持ったマクダニエルだった。
「あ、いえ、まだ少し……」
余所事考えて、手をつけていません、とは素直に言えないマヤだった。
「おいおい頼むぜ、こっちは近衛の予算でやってるからな、キチンと書類通さないとネジ一本買えやしねぇんだから」
「すみません、直ぐやります」
「焦ってミスして書類台無しにしたら、嬢ちゃんでもただじゃおかねぇからな」
「気を付けます!」
「じゃあ、こっちのも頼むわ」
どん、と書類の束を机に置いて、マクダニエルは笑う。
「流石近衛だ、備品もしっかり揃ってるから、アインの間接軸やら魔力伝達管やらの消耗品を新品に交換できた」
書類の角をぱらららっと指で弾きながら、マクダニエルは満足そうに頷く。
「骨格から補強と交換もしてるから、騎体強度も上がってるし、魔導結晶の魔力変換効率も高くなってる」
後は嬢ちゃんが書類を処理してくれれば、いつでも動かせるぜ、とにこやかに続ける。
「書類……書類ですよね」
机の上の書類の山を見て、マヤが溜め息をつく。
「サボってねぇで処理しといてくれよ!」
バン、とマヤの肩を叩き、マクダニエルは退出していった。
「はぁ、仕方ない、片付けるか……」
ノロノロと書類に取りかかるマヤだった。
ようやくの事で書類を処理し終えたマヤが、控え室を出てきたのは日も暮れかけた頃であった。
「後はこれを近衛の本部へ提出して……」
書類の山を、本部行きの書類箱の中に押し込む。
「やれやれ……」
と工廠を覗くと、整備の終わったアインがそこにあった。
「おー、終わってる」
「お、嬢ちゃん、書類は片付いたか?」
マヤを見つけたマクダニエルが話しかけてくる。
「片付けました。ところで、アイン、額のところにあんな飾り付いてましたっけ」
マヤが指すアインの額には、一本角が前方へ突き出していた。
「あぁ、ありゃぁ、近習になった印に、王家象徴の一角獣の角飾りを付けたんだ」
「えぇ!それって王族座乗の騎体に付いてるやつでは!?」
「王女殿下の指示だとよ」
マクダニエルの言葉に、マヤは驚くと同時に少し恐怖を感じた。
「なんか、どんどん逃げられなくなっていく気がします」
「ここまで来ちまったら、まぁ、腹据えるしかねぇな」
殿下も優秀な手駒が欲しいんだろ、とマクダニエルが小声で囁く。
「期待にはこたえねぇとな」
「努力します」
マヤは小さく答えた。
「どうだ、操作席上がってみるか?」
「乗ってみます」
二人は梯子を登り、操作席に上がる。流石にマヤも慣れたものであった。
「主魔導炉の第二定格出力を見直した。ちょっと上がってるが制御に問題は無い筈だ」
マクダニエルが説明する。
「騎体強度と魔力伝達の許容量が増してるからな。後は副魔導炉の出力の最大値を上げてある」
「副魔導炉は無理が利かない、普通の魔導炉ですよね?」
「副魔導炉の炉心、『戦乙女の手投げ槍』って魔導具なんだが、主魔導炉と上手く同調してな、出力が上がったんだわ」
これて、魔導反応装甲に戦闘中でも魔力を回せる、とマクダニエルは言う。
「嬢ちゃんが身体張る事が多いからな、俺等でやれるだけやってみた」
「ありがとうございます。これは助かります」
「だから、死ぬんじゃねぇぞ、後、命は簡単に投げ出すな。生きて帰って来てそれから取り返せ。いいな」
マクダニエルが、真剣な目でマヤを見つめる。
「分かりました。必ず帰ってきます」
マヤはその目を見つめ返して宣言する。
「よし、約束だ」
拳を突き出すマクダニエルに、自分の拳を軽くぶつけてマヤは約束する。
瞬間、ふわっとした優しげな魔力に包まれた気がした。
「あれ?」
「どうした?」
「今、一瞬魔力が高まった様な……」
戸惑うマヤに、マクダニエルは操作席を覗き込み、手元の操作盤を少しいじる。
「確かにな、一瞬魔力が出てる。こりゃ、嬢ちゃんの魔力じゃないな」
マクダニエルの言葉を聞き、マヤは天井を見上げる。
「アインもあたしに帰って来て欲しいのかな?」
「案外、嬢ちゃんが立ち直って、喜んでんじゃねぇのか?」
「そうだと嬉しいですね」
「そう思っとけ、それが戦場で生き残る希望になるかもしれねぇしな」
マクダニエルの言葉にマヤは頷く。
「アイン、これからもよろしく」
マヤはそっと呟いた。




