少女二人
「どう? 私の近習に来ない?」
ようやく泣き止んだマヤに、アドルフィーネは背後からそのままの体勢で囁く。
近習とは近衛の中でも、個人を直接的に護衛する任務を受け持つ部隊のことだ。
「何故ですか? あたしは……」
「貴女を気に入ったの、いけない?」
「あたしは、魔導騎兵の操者ですよ」
魔導騎兵を直接的に王族個人の護衛につけることなぞ、そうある機会とは思えない、マヤの疑問はもっともだった。
「その枷を着けてても、魔法使えるんでしょ、貴女」
何でも無いような口調で、アドルフィーネは言うが、それを聞いたマヤはびくりと肩を揺らした。
「……何を仰いますか」
「別に咎めるつもりはないわ。ただの確認よ」
マヤは観念した様に漏らす。
「……使えないことはないです」
マヤの実力であれば、魔封じの枷の効果を無効化して魔法を使うことは、そんなに困難なことではなかった。
「でも、使わなかった。そういうことよね」
「使う必要も有りませんでしたし……」
アドルフィーネはマヤの正面に回り、その顔をしっかりと見据える。
「それだけの魔法の才があれば、私の近習として充分だわ」
優しげな声でアドルフィーネは続ける。
「私の傍で、私の命令にだけ従っていればいいのよ? もう苦しい思いも、しなくてすむようにしてあげるわ」
「寛大なお心遣い、ありがとうございます」
マヤは初めて、アドルフィーネの顔を正面から見据えた。
「ですが、今、殿下のお側に仕えたら、あたしは自分では無くなってしまう、ただただ、殿下の命令に従う人形になってしまう、そんな気がします。恐らく、殿下に甘えてしまうんだと思います」
甘えてくれていいのに、と呟くアドルフィーネを意識して無視し、マヤは自分の考えを述べる。
「もちろん、正規の命令であればお仕えいたしますが、今、殿下のご提案を受けるには、あたしは殿下に対して甘え過ぎています。あたしは軍人である前に、あたし自身でありたいと思います」
「力無き民を守るための盾となる、だったかしらね?」
アドルフィーネが呟いたのは、マヤが軍人となる際に自身の目標として報告していた言葉だった。
「険しいわよ、その道は」
アドルフィーネの眼差しに真摯な輝きが灯る。
「そして、決して敗北は許されない。貴女の敗北は、すなわち民の死よ」
それでもその道を征くの? と彼女は尋ねた。
「あたしが師より賜ったこの力は、その為のものです」
マヤはようやく胸をはり、アドルフィーネに堂々と言葉を返す。
「そう、ますます気に入ったわ」
アドルフィーネは笑みを深くし、心底楽しそうに笑う。
「今、王国内には国を混乱させ権力簒奪を狙う不逞の輩がいる。そして、国の外には脅威として存在する他国もある」
そして、竜やらなにやらの災害までいるわ、とアドルフィーネは続ける。
「貴女にはやってもらいたいことは、いくらでもあるの。落ち込んでいられる贅沢は、もうあげられないかもしれないわ」
「はい」
マヤはしっかりとした返事を返した。目に意思の力が戻っていた。
「では行きなさい。王家として、貴女の活躍に期待するわ」
「ありがとうございます」
マヤは立ち上がり、片膝をつく。
「此度はお見苦しいところをお見せしました。本当にありがとうございました」
心の底から、感謝の言葉を述べる。
「気にしないで、私個人として臣下の一人が潰れそうになっているのを、見過ごせなかっただけだから」
それと、近習の件は私は本気だから、とアドルフィーネは微笑む。
「正規の命令なら従うのよね」
「それは……勿論ですが」
「じゃあ、そういうことよ」
悪戯っぽい表情で、アドルフィーネは笑った。
王女の下を退出したマヤは、後日、本当に第三王女近習への配属命令を受け取り、頭を抱えることとなった。




