アドルフィーネ・アインホルン
王女私室に入ると、そこはマヤが想像していたよりも随分と簡素に思える部屋だった。
そういえば、第三王女殿下は派手な事はお嫌いだったな、と思い出す。
「王女殿下、此度は拝謁の栄を賜り、誠に光栄にございます」
エルザが片膝をつき、畏まった規則どおりの挨拶を行う。マヤも慌てて膝をついた。
「構わないわ、気楽にして」
第三王女であるアドルフィーネは、その愛嬌のある顔に悪戯心に張り付けて、二人に告げる。
「ご要望どおり、ミズキ曹長をお連れいたしましたわ」
エルザが、にこりとアドルフィーネに微笑み返す。
「貴女がマヤ・ミズキ曹長ね? この国を守った」
興味深そうな表情でアドルフィーネは、マヤに話しかけた。
「は、はい。守ったなんてそんな……」
思わず上擦った声を出してしまうマヤ。状況を良く飲み込めていないせいもあるが、眼前の人物が放つ王族としての雰囲気に、飲み込まれそうでもあった。
「私は救国の英雄と思っているわ。私の思い違いかしら?」
「いえ……そんな……」
王族の言葉を根拠なく否定するわけにもいかず、マヤは消え入りそうな声で呟くのみだ。
「私は英雄さんと女同士、忌憚の無いお話がしたいの。皆、すこし空けてくれるかしら?」
明るい王女の言葉に、脇に控えていた侍女が微かに表情を変える。護衛を兼ねている侍女にとっては承服しかねる願いであった。
「殿下もこう仰って見えますし、魔封じの枷もありますわ。わたくし達は少し外しますわよ」
エルザが抵抗する侍女を、強引に控えの間に連れていく。
人払いが出来たのを確かめて、王女はマヤへと視線を向ける。
「さて、ちょっとお話しましょうか」
椅子にかけるように促しながら、王女は口を開く。
「……はい」
呟くように返事をし、おずおずと椅子に座るマヤ
「貴女は王都50万の民を守った英雄よ、少しは誇って良いのよ?」
紅茶を手ずから入れ、差し出しながら言う王女の言葉に、マヤは弱々しく首を振る。
「死者8名、重傷者12名、それがあたしのやったこと、いいえ、あたしの罪です……」
マヤは死刑を待つ罪人の様に頭を垂れる。いや、マヤ自身、罪人のつもりだった。
「自分で自分が許せないのね」
しばし、その様子を見ていた王女が、突然、話題を変える。
「貴女、軍人よね。軍人なら忠義の宣誓は言えるわよね?」
忠義の宣誓とは、軍人になる際、まず最初に覚えさせられる国家と王家への誓いの言葉である。
「……はい、覚えております」
「言ってみて」
「えっ?ここでですか?」
「ええ、そうよ」
あくまでもさりげなく王女は答える。
マヤはやむを得ず背筋を伸ばし、視線は王女から少し下げ、口を開いた。
「私は国と民の象徴たる王家に、何時如何なる時も忠義の誠を捧げることを誓います」
にやり、と王女が微笑む。
「当然、私にも忠義を誓うのよね?」
「……はい」
マヤは訳が分からず、曖昧な返事を返す。
「貴女の罪を、このアインホルン王家第三王女、アドルフィーネ・アインホルンが赦すわ」
「……えっ?」
一瞬何を言われたのか分からず、マヤは混乱する。
「誰も貴女の罪を責めることは許さない。誰であっても、よ」
そう宣言すると、アドルフィーネはマヤの後ろまで歩いてきた。
そっと、マヤの背後から抱き締める。
マヤの鼻腔を、焚き込められた香の匂いと、アドルフィーネの香りがくすぐった。
「もちろん、お前自身が責めることも許さない」
マヤの耳許で、そっと囁くように告げる。
「辛かったよね、苦しいよね」
「……殿下っ!」
マヤが泣きそうな声で呻いた。
「泣いていいよ、好きなだけ泣いていい」
「……ぁ……ぁ……」
「そばにいてあげるから」
大粒の涙が溢れ出てくる。
後は言葉にならなかった。人目もはばからず、大声で泣いた。
大声を出すほどに、アドルフィーネがきつく抱き締めてくる。その事がマヤの心を解し、素直な感情を露にさせる。
マヤが泣き止むまでには、紅茶がすっかり冷えてしまうだけの時間がかかった。




