派遣駐在員
「特務魔導吏員、マヤ・ミズキ、派遣駐在員として着任しました」
全身雪まみれ、自慢のロングの黒髪もボサボサで、正にボロボロ状態のマヤが、ゴルト村の村長に着任を告げたのは、予定より半日以上遅れてからだった。
「予定より遅いので心配しておりました。一体何が?」
村長は怪訝な様子で彼女に問うた。
「道中、暴れ竜に遭遇しまして。吹っ飛ばされた先が林でなかったら、危うく死んでました」
疲れきった表情でそう話すマヤ。枝葉の繁った針葉樹と、積もったばかりの新雪に命を救われていたのだ。
「暴れ竜ですと!」
村長の顔に緊張が走る。
「遂に街道筋にまで出てくるようになりましたか……」
「今まで被害はなかったのですか?」
マヤは、なんで早く報告してないの!? とばかりに村長に詰め寄る。
「今のところ被害は有りませんでした」
村長もすまなそうに話す。
「山に行った者が、時折、足跡を見つけてはいたのですが、こちらに降りてきたことは、今までなかったもので」
実際の被害が出ていない以上、直ぐに救援というわけにも……と村長は言い澱む。
「分かりました、駐在所はどちらに?」
それなら仕方ない、とマヤは話題を変える。
「三軒隣の家です」
「では、そちらを使わせていただきます」
一礼して、村長宅を退出したマヤは駐在所へと向かう。
駐在所は質素ではあるが、ガッシリとした造りの建物で、雨風どころか吹雪でも大丈夫そうなものだった。
マヤは荷物を下ろすのもそこそこに、備え付けられている魔導通信機の起動用魔導結晶に、その細い指を当てる。
「魔力がまだほとんど回復してないけど、通信くらいなら……」
暴れ竜との遭遇で使いきった魔力は僅かに回復している、その魔力をかき集め、通信機を起動させる。
「ゴルト村駐在局から本部、聞こえますか」
『こちら本部、ゴルト村、感度良好』
本部から応答があった。
「派遣駐在員マヤ・ミズキ、現着しました」
『ゴルト村への現着を確認。大分遅かったな』
通信機越しでも分かる、明らかに不機嫌な態度で本部の役人は応じる。まあ、通常はこんなに遅い時間に現着報告はしないので、そこは仕方がないとマヤは諦める。
「申し訳ありません、しかし、街道で暴れ竜に遭遇しまして」
『暴れ竜だと? つくならもっとましな嘘にしたまえ』
頭から信じて貰えない。
「嘘ではありません! 被害が出る前に、討伐隊の派遣を!」
通信機の向こうで大きなタメ息が聞こえる。
『そう簡単に派遣は出来んよ。こちらからギルドに要請するわけだしな。どうしてもというなら、所定の様式で報告書と派遣要請書を提出したまえ』
「それを出せばいいんですね!」
マヤは念を押すように確認する。
『報告を元に派遣が適切か、本部で検討し後日決定を通知する』
「それじゃあ遅いんですって!」
思わず悲鳴のような声で叫ぶマヤに対し、本部はいかにも冷酷に返す。
『ミズキ君、派遣の希望は君だけではないのだよ。事態の緊急性に応じて、順次派遣依頼をかけることになる』
「くっ……とにかく、書類は提出させてもらいます!」
言い捨てて通信を切ろうとするマヤに、本部の役人は幾分か感情のこもった声で呼び掛けてきた。
『ミズキ君、この通信内容は記録には残らん。が、書類を出せば記録に残る。無論、君の評価にも関係する』
よく考えてから行動したまえ、と言って通信は切られた。
「くっそ! っざけんな!」
マヤは拳を思い切り机に叩きつけた。魔力不足で頭がクラクラする。
「あたしの評価がどうなろうと、あんなのを野放しにできるか!」
覚悟を決めて書類を探す。が、その手がふと止まった。
(ギルドに転属させて貰うのに、一定の評価と実績が必要……)
つまり、ここで下手を打てば彼女の夢から遠ざかる可能性があった。
「それでも、やっぱり野放しにはできないよ……」
幾分か落ち着きを取り戻した彼女は、再度書類を探す。
「あった、あった。これだ……げっ!」
目当ての書類を探し当てた彼女は、思わず悲鳴を上げる。
そこには、
「様式1 巨竜等被害状況報告書」
「様式2-1 巨竜等被害発生位置図(概要)」
「様式2-2 巨竜等被害発生位置図(詳細)」
「様式3 巨竜等被害額(概算)」
などなど、山程の書類の様式があった。これにさらにギルド討伐隊の派遣要請書まで作らねばならない、そちらには
「派遣経費計算書(詳細)※可能な限り見積もり添付のこと」
などまである。
「こんなもん、一人でどうしろと……」
魔力不足もあり、思わず床にへたり込んでしまう。書類を見ただけで、魔力をごっそり奪われた気分になった。
実際、魔力はほぼ空なので、感覚は正常だな、と心の片隅で自嘲する。
「とりあえず、明日から頑張ろう」
荷物もほどかず、ベッドへ突っ伏すマヤであった。