召集令状
「魔法と言うのはね、魔力を使って何らかの効果を得ることを言うの」
マヤは駐在所で、ゴルト村の子ども達に対して話していた。
村の親御さん達から頼まれ、子ども達に魔法の基礎を教えていたのだ。
マヤの実力は既に村の住人には知れ渡っており、是非子どもにと頼まれて、断りきれず教えることとなったのだった。
「私たちの体の中に有るのが魔力。魔力は世界に流れている魔素から、体が無意識に汲み上げて魔力に変換しているの」
「じゃあ、魔力は無くならないの」
マヤの説明に、子どもの一人が声を上げる。
「体が汲み上げている量はそんな沢山じゃ無いから、一気に使うと魔力が切れちゃうわ」
だからね、とマヤは続ける。
「自分の体が持ってる魔力を、常に意識出来るようにするのが、まず一番大事なの」
「ねーちゃん、良く切らして倒れてるじゃん!」
一斉に子ども達が笑う。
「あたしは、駄目な例だから真似しちゃ駄目よ。ただ、魔力は切れると前より少し多く回復するから、自分を鍛えるときは積極的に使っていくといいわ」
ただし、安全なところでね、と付け加える。
「で、次は術式、これは魔力をどういう風に使うか、っていう設計図みたいなものよ。一番勉強しないといけないところだから、頑張ってね」
マヤは右手を開いて掌を上に向ける。そこに魔方陣が展開し、光の玉が出現した。
「これは灯火の魔法なんだけど、術式がきちんと組めてれば、こういう風に魔方陣が出てくるわ」
掌の上の光の玉をふらふら揺らしながら、マヤは続ける。
「術式次第では、魔素から直接魔力を取り出したり、逆に、物に魔方陣を刻んでおいて、魔力を流すだけで魔法を発動したり出来るわ」
「じゃあ、魔導ってなに?」
「魔導とか魔導理論って言われるのは、簡単に言うと術式を組むための学問よ」
子ども達の質問にマヤは答える。
「実際にはもっといろんなことに使われてるから、本気で魔法使いになりたいなら、しっかり勉強しないと駄目よ」
さて、とマヤは手を叩く。
「まず、体の魔力を感じられるように、練習しましょう!」
はーい! と子ども達が返事をするが、そこに魔導通信の着信が入った。
「あ、ちょっと待ってて」
マヤは慌てて通信に出る。
「はい、ゴルト村です」
『急ですまないが、来月の一日に本部まで来るように。交代の要員を派遣する、私物は全て持ってくると良い』
「え……」
出し抜けに告げられ、思わず絶句するマヤ。
「異動ですか?」
『そうなるな』
「……分かりました」
気落ちして通信を切る。
「ごめんね、みんな、魔法最後まで教えて上げられなくなっちゃった」
えーっ! と子ども達から批難の声が上がった。
「今月末までは居るから、基礎だけはなんとか覚えてね。ビシバシいくから頑張ってついてきて」
えーっ! と今度は子ども達から悲鳴が上がる。
「さあ、早速始めるよ!」
マヤは腕捲りをする真似をして、子ども達に向き直った。
翌月の一日、マヤは王都の王国行政本部で指示を受け、指定された建物へ向かっていた。
「ここかな……」
その建物はなんの変哲もない、ただの事務所に見えた。しかし、なんの建物であるかの表示がされていない。自然な佇まいの不自然な建物だった。
「失礼します……」
恐る恐る、扉を開けて中へ入る。建物の入り口付近で仕事をしていた男性から、声をかけられた。
「どちら様ですか?」
「マヤ・ミズキ特務魔導吏員です」
「ああ、話しは伺ってます。奥の管理監室へどうぞ」
と、奥の部屋へ通された。
部屋の前まで来ると、マヤは居住まいを正し扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
返事があり、扉を開ける。
簡素な作りの部屋に、書類作業用の机、それと簡単な応接セットが有るだけの部屋に、壮年に差し掛かった年頃の誠実そうな、それでいて眼光の鋭い男性がいた。
「マヤ・ミズキ特務魔導吏員、参りました」
マヤは礼をしつつ、名乗る。
「ライト・アンダースンです。ここの管理監をしています」
よろしく、と手を差し出してくるアンダースン。
「あの、ここは一体?」
手を握り返しつつ、マヤは疑問を投げ掛ける。
「王国軍統合本部情報局、第三課です」
「えっ?」
「有り体に言えば、王国内の揉め事担当の何でも屋、とでも申しましょうか?」
「あの、なんでそんなところにあたしが?」
にこやかに答えるアンダースンに、マヤは面食らって聞き直す。
「命令だからですよ」
至極当然のようにアンダースンは答え、数枚の書類を取り出す。
「はい、辞令、マヤ・ミズキを王国軍情報局特務曹長に任ずる」
「ちょ、ちょっと待ってください。あたしは軍に入った覚えは無いんですけれど!」
慌てて止めるマヤ。
「あぁ、こちらが先でしたね。マヤ・ミズキを王国軍へ召集する」
はい、召集令状とアンダースンは渡してくる。
「へ、兵役は良心的拒否が認められていたはずですけれど……」
戦時中ならいざ知らず、今は平時である。マヤの記憶では、王国民には奉仕活動などに従事することにより、兵役を免除される制度があったはずだった。少なくとも、いきなり召集令状をもらうような事はなかったはずである。
「残念ながら、役人には兵役拒否はありません。まあ、滅多に召集されることはないので、知らないのも無理ありませんが」
闇雲に役人を徴兵していたら、国の行政がパンクしてしまう。
本来はいざ何か起こったときは、役人も国を守る醜の御楯である、という決意を表している制度にすぎず、実際に徴兵されることはないはずなのだが。
「今回は、まぁ異例ということで。はいこれ、僕の手下になるという辞令です」
情報局第三課配属を命ず、という辞令までご丁寧に揃えられていた。
「……拝命します……」
辞令を隅々まで見渡し、ようやくマヤは諦めた声を出した。
「貴女の活躍は聞き及んでいます。此方でもその力を振るって欲しいですね」
「善処、じゃなかった、努力します」
「当面は研修ということで、まず軍人らしい振る舞いから身に付けてもらいますよ」
明るく言うアンダースンの言葉で、マヤの新しい日々が始まった。
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