アイン・ソフ・オウル
闇に包まれたマヤの意識に、ふと、光が差した。
(汝、我が主たる資格を得んと欲するか?)
何者かが、穏やかに語りかけてきていた。
「……誰?」
ボンヤリとマヤは問いかけるが、答えは返ってこない。
(汝、何故に力を欲するか?)
穏やかな語りかけだけが続く。
「……あたしは……人を助けられるようになりたい……」
マヤはゆっくりと返答する。
「……強くなりたいんじゃない……助けたいんです……」
何者かが微笑んだ、マヤはそんな気がした。
(我を欲するならば、我が名を呼べ、さすれば汝は我が主たらん)
何者かが厳かに告げた。
(我は無より出でし無限なりて光なり)
「……アイン……ソフ……オウル……」
マヤが無意識に浮かんだ言葉を紡ぐと、意識が黄金色に染まった。
『莫迦なッ!』
数十発の火球が一瞬にして吹き消されたのを目の当たりにして、ハンスは思わず叫んでいた。
『術式で耐えたではなく、魔力の放射で消し飛ばしただと!』
勝利の確信を得て火球を放たせた直後、アインから黄金色の魔力の光が濁流の如く吹き出し、全ての火球を消し去っていた。
『奴のどこにこんな魔力が!?』
アインは押さえ込んでいる火吹き竜を、そのまま持ち上げるように立ち上がる。
驚いて飛び退こうとする飛竜の頭を、アインの左手が掴んだ。
そのまま、騎体から黄金色の魔力の奔流を立ち上がらせる。
轟々と迸る魔力が光の柱となり天を突いた。
いとも簡単に、飛竜の頭を握りつぶす。
マヤは魔導炉から溢れ出る魔力を制御しようと、必死になっていた。魔力切れで意識を失いかけ、気がついたらとんでもない魔力の渦の中にいたのだ。無我夢中で魔力を自分に取り込み、制御しようとするが、膨大な魔力が溢れ出ていってしまう。
「駄目、制御できない!」
(案ずるな……心静かに……念ぜよ)
何者かの声に諭され、心を落ち着ける努力をする。
すうっと、魔力の流れが穏やかになる。
そのまま、剣に意識を向けると、魔力がそこへ流れ込んで行く。剣が黄金色の魔力を纏い、輝いた。
『ええぃ! もう一度だ、奴を丸焼きにしてやれ!』
火吹き竜が一斉に火球を放った。
「つぁぁぁッ!」
マヤは剣を振るう。剣先より伸びた、黄金色の魔力の切っ先が空を凪ぐ。
一振で、すべての火球と火吹き竜を凪払った。30メルテはあろうかという火吹き竜達は一体残らず、跡形もなく消し飛んでいた。
膨大な魔力に耐えかねて、アインの剣がボロボロと崩れ去る。
『ば、ば、化け物か……』
ゆっくりと、ヴァルキュリエに向き直ったアインに、ハンスは思わず後退る。
次の瞬間には、アインはヴァルキュリエの真正面まで接近していた。そのまま、魔力で構造強化した右腕を、手刀の如くヴァルキュリエの胸部に突きいれる。
ヴァルキュリエの魔導炉を掴むと、そのまま引きずり出し、ゆっくりと握り潰した。
魔導炉の外殻が潰され、炉心となっていた魔導具が姿を表す。それは短い槍の形をした魔導具だった。
動力源を失ったヴァルキュリエは機能を停止する。
それと同時に、集まってきていた竜達が統率を失い、一斉に逃げ出していった。
「終わった、のかな?」
マヤは操作席の背もたれに身を預け、大きく溜め息をつく。魔導炉の出力が定格運転まで落ち、魔力が一気に抜ける。成し遂げた充実感と魔力切れの疲労感に、マヤは意識を手放した。
「ほっほっほ、始まったかの?」
とある田舎の山中で、老人が独り言ちた。
マヤの魔法の師であった老人である。
「アイン・ソフ・オウルと出会ったか」
老人は王都の方向を見やり、呟く。
「これからが大変じゃぞい」
頑張るんじゃぞ、と心の中でマヤを励ましていた。
一章のラストバトル終了です!




