表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女奮戦記~アイン・ソフ・オウル~   作者: PONぽこPON
第1章~ゴルト村編~
2/93

寒村の少女

本章のスタートになります。

挿絵(By みてみん)

 その少女は地方の特に変わったところもない、よくあるあまり裕福ではない村に生まれた。

 何事もなければ、彼女はそこで適当な相手と結婚し、子を儲け、やがて老いていったことだろう。

 しかし、彼女の人生に大きな衝撃を与えた出来事があった。まだ彼女が幼かったとき、村が巨竜に襲われたのだ。

 この時、村では近くに出没するようになった巨竜に対し、いち早く救援の要請を「ギルド」に行った。

「ギルド」とは、この国が同盟関係にある国々と産み出した互助組織であり、竜や幻獣など、個々の村や町だけでは対処不能な災禍に対して速やかに戦力を送り、そこに住む人々を守るための組織である。

 基本的に国家間の紛争等外交問題には対処せず、災害級のモンスターに対応するためだけの組織。

 彼女はこの時、遠くの町から遙々やって来たギルドの討伐隊の姿を見て強い衝撃を受けることになった。

「かっけー!」と無邪気にはしゃぐ同世代の男子たちに交じり、討伐隊を見に来ていた彼女は、半泣きで彼らを見送っていた。

 と、そこへ討伐隊の内の一人が近寄ってきて、声を掛ける。


「どうしたの?」


 優しげにかけられた声は、女性のものだった。


「……ポコが食べられちゃったの」


 彼女はかすれた声を発した。ポコとは彼女の家で飼っていた農耕用の牛の名である。彼女にも良く懐き、可愛がられていた。


「おばちゃん達、みんな食べられちゃうよ」


 一瞬複雑な表情をしたその女性は、しかし、再び優しげな声で話す。


「大丈夫よ、お姉さん達、みんな強いから、大丈夫」


 お姉さんの部分を若干強調しながらそう言い、優しく彼女を抱きしめた。


「本当に? 食べられちゃったりしない?」


「もちろん、約束するわ」


 抱きしめられる暖かさに、安心したのか、彼女も女性にすがりつくように抱き着いた。


「絶対、絶対約束だから!」


「うん、約束」


 そう言うと、女性はゆっくり体を離す。


「じゃあ、またね」


 軽く手を振り、女性は隊列へと戻っていった。

 彼女は、その姿をいつまでも見つめていた。


 そして数日後、討伐隊は見事に巨竜を討伐し、村へ帰還した。巨竜の巨大な骸を特大の荷馬車に乗せて、堂々と凱旋したのだ。

 彼女は、様々な武器を持ち、これまで打ち倒してきたであろう竜の鱗や革で飾られた防具を身に付けた彼らが、威風堂々と行く様を見た時、その凛々しい姿に強い憧れを抱いたのだ。

 出発前に会話したあの女性が、そこで彼女に気付き、軽く手を振った後、ピンッと親指を立てた。

 彼女も満面の笑みで手を振りかえす。

 この出会いが、彼女に一つの決意を与えた。


「必ず、自分も討伐隊に入って、人を助けられる人間になる」


 そんな決意をその幼き胸に抱いたのだった。



 一度、決意したら後の行動は早かった。

 まず、村で読み書きを教えていた、「隠退した大魔法使い」を自称する老人に相談してみた。


「まず、しっかり勉強する事じゃな」


 ギルドに入るためには、ある程度の実力と実績が必要と老人は説明した。


「この国では、平民出の人間がギルドに入る手段は2つじゃ」


 一つは名の有る冒険者やギルドの討伐隊員から推薦を受けること、もう一つは国の役人の試験をパスして役人になり、それなりの実績を積むこと。


「お主はどちらがなりやすいと思う?」


「冒険者になる!」


 はーい、と手を挙げ勢い込んで彼女は答える。


「バカモン! 冒険者で名を上げられるのは何百、何千人に一人じゃ」


 この国の役人は、貴族の子弟の枠と一般の公募枠がある。一般の公募枠の試験ならきちんと対策を打てば、彼女でも通過出来る可能性はあった。


「お主にやる気が有るなら、試験対策のスペシャル特訓コースを受けさせてやるが、どうじゃ?」


 お代は出世払いにしておいてやるがのぅ、と愉快そうに老人は告げる。

 彼女にとって、断る理由は無かった。



 実際、彼女は幸運であった。

 まず、両親は彼女の選択に理解を示してくれた。


「孫の顔が見たかったがな、お前がやりたいなら、やってみなさい」


 と父親が言えば、母親は


「ギルドでも素敵な出会いは、きっとありますよ」


 と、自分の亭主を慰める。

 農耕用の牛を失った農家には、経済的な余裕が有るはずもなく、彼女ですら労働力として使いたいところであるが、そこを押さえて両親は彼女の思いを尊重した。

 もっとも、彼女がこの事に気が付いたのはもっと後の話ではあったが。

 次に、彼女は人並みより多少ではあるが、ましな体力があった。

 面白半分に老人のスペシャル特訓コースを受けた同年代の男子が次々と脱落していく中、彼女がかろうじて着いていくことが出来たのは、そのためだった。

 もう一つ、彼女の幸運は、子どもならではの理解の早さである。

 幼いながらに老人の話す魔法理論やその他諸々の学問について、食らいつくように学んでいた。


「鉄は熱いうちに打て、というが、やる気になった子どもの理解力はさすがじゃのう」


 老人も舌を巻く程の貪欲さで知識を吸収していったのだ。


「どうじゃ、ギルドに入るのは止めて、わしの後を継がんか?」


 冗談半分、だが半分本気で老人が聞いたことがあった。


「あたしはギルドに入って、人を助けられる人になるんです!」


 だが、彼女はぶれずに真っ直ぐ老人の目を見て答えた。

 予想した通りの答えを聞いた老人は、それでも嬉しそうに目を細める。


「では、教えられる限りを、叩き込んでやろうかの」


 矍鑠として笑うと、さらに熱をもって彼女を指導し始めた。



 そして、10年の歳月が流れた。



「辞令、マヤ・ミズキ、特務魔導吏員に任ずる」


 おめでとう、といいながら役人が辞令を渡してきた。


「拝命します」


 美人とまではいかないが、それでも、世の大半の男性からは好ましいと思われるだろうその顔を緊張させ、彼女、マヤは辞令を受けとる。

 そう、あの村の幼子だった彼女は、第一関門である国の役人への試験を突破したのだ。

 しかし、


(特務? 私が受けたのはただの魔導吏員の試験だったはず……)


 と訝しむ。


「特務、と付いているのが疑問かね?」


 マヤの表情を見て、目の前の役人が声を掛けてきた。


「はい、確か特務魔導吏員は、一般の魔導吏員より権限が大きかったと記憶しておりますが?」


 素直に疑問を口にする。


「君は試験で大変優秀な成績を納めた、特に魔導理論、魔法実技はほぼ完璧だ」


 ニコリと微笑み役人はそう告げる。しかし、マヤは嫌な予感がした。役人の目が笑っていないことに気が付いたのだ。それと同時に


(先生は、本当にすごい魔法使いだったんだ)


 と今更ながら思い知る。


「国は君の実力を評価し、それにふさわしい任地を用意した」


 もう一枚の辞令用紙を取り出しながら、冷酷にも聞こえる声で役人は続ける。


「辞令、マヤ・ミズキ、派遣駐在員として、ゴルト村勤務を命ずる」


 マヤは、絶句した。

 ゴルト村、この国の中央山脈にあり、国内でも最も高い位置にある、豪雪地帯としても有名な村だ。


「たまたま、前任の駐在員が怪我をしてね、こちらに呼び戻すことになったのだ。君はその代替要員といったところかな」


 どうした、辞令を受け取りたまえ、と言われ、やっとのことで絶句が解けるマヤである。


「は、拝命します……」


 震える声でようやく返答し、辞令を受け取る。


「人口200人程の村だ、君の実力であればそんなに難しく考えることもない、気楽に行ってくるといい」


 それに空気も綺麗で、食べ物も旨い所だよと続ける役人の言葉を、マヤは上の空で聞いていた。



「なにが、国は評価した、よ!」


 ぶつくさ言いながら、マヤは歩く。

 すでに、辺りは一面の雪景色となっていた。

 積もった新雪をぐっぐっと踏み分けて、彼女は進む。


「じゃあなんで、その人材を田舎に飛ばすわけ!?」


 麓までは乗り合い馬車で来られたが、そこから先、村まで馬車は行かない。

 行商人の馬車に乗せて貰おうかとも思ったが、この時期は行商人もあまり頻繁には行かないらしい。

 結果、防寒着で着膨れて、荷物と護身用の小型盾と、剣と言うよりは鉈のような形状の短剣を携え、えっちらおっちら山を登る羽目になった。


「そりゃあ、田舎の駐在員は大事な仕事ですよ! ですけどねえ!」


 彼女自身、田舎の出であるため、駐在する役人がその村唯一の頼り、等と言うことは何度か経験している。

 特務魔導吏員がその任に当たるのは、それだけの権限が必要な仕事だからだ。だが、そうであるが故に、仕事の大変さと不遇さを知っていた。そのため次から次に文句が出てくる。

 文句に夢中になり、警戒に意識が行っていなかったのだろう、致命的なことに気付くのが遅れた。

 気が付けば、視界の先に巨大な影があったのだ。

 体長8メルテはあろうかというその影は、角張った巨大な頭を彼女の方に向け、低く唸る。


「……暴れ竜ッ!」


 巨大な頭、強靭な後ろ足、太く短い尾を持ち、しかし、その前足は巨体に見合わぬほど小さい、二足歩行の巨大な蜥蜴、巨竜の中でも暴れ竜と呼ばれ恐れられている、危険な生物。


「なんで、こんな危険な奴がこんなところに!?」


 短剣を抜刀し、盾を構える。額に汗が浮かび、足がはっきり分かるほどに震える。明らかに寒さのせいではなかった。

 当たり前だ、彼女の武装は人間の不埒者や精々狼程度を相手に想定したものであり、こんな化け物が出るなど考えてもいなかったからだ。

 暴れ竜は彼女を見据えると、一声、金属同士を擦り付けたような声で咆哮する。空気がビリビリと震え、咆哮自体に物理力がありそうな程の圧迫感を受ける。


「まずい! どうする? どうしよう?」


 彼女の逡巡を余所に、暴れ竜は憐れな獲物を一呑みにせんと、突進を開始した。


「喰われるもんかぁ!」


 マヤは身を守るため、無我夢中で盾を突き出し、起動用魔導結晶も無しに強引に魔法術式を起動させた。

 起動用の魔導結晶は魔法の発動を補佐し、魔素を汲み上げ魔力へと変換してくれる、現在では大抵の魔術師が利用している、魔導科学の恩恵である。

 これ無しでは魔法の効率はかなり低下してしまうことになる。いや、効率ばかりか、魔法術式自体発現できない者の方が多いのである。

 突き出した盾を中心に魔方陣が展開し、不可視の障壁が形成された。後先考えず、全力全開で自分の魔力を注ぎ込んだその障壁は、今にも彼女を噛み砕かんとした巨竜の鼻先へと叩きつけられる。

 正に出端を挫かれた格好の巨竜は、頭を跳ね上げられ、その場に思わず転倒する。

 魔法術式に全力を突っ込んだマヤの方も無事では済まず、突撃の衝撃をマトモに食らい崖下に弾き飛ばされた。


 しばらくして、起き上がった巨竜は、獲物を見失ったことに気付き、不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、やがて何処かへ去っていった。

次回は一週間後くらいに投稿できれば、と思います

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ