火吹き竜
マヤが案山子の操作特訓をはじめて、一週間が経過した。
「大分、操作できるようになりましたわね」
「魔導術式の組み立てのコツが分かれば、大抵の事はなんとかなるみたいですね、魔導騎って」
エリザベートの感心した声に、余裕の有る口調でマヤが返す。
「かなり、思う通りに動かせるようになってきました。この子の癖も分かってきましたし」
「なかなか、始めて直ぐでここまでやれるようにはなりませんのよ」
感心しているエリザベートを余所に、マヤは騎体を大胆に振り回す。
「この子、まっすぐ行こうとしても、微かに右にズレていきますね」
整備不良か経年劣化か、僅かなクセにマヤは気がついていた。
「まあ、中古の修理品なのですから、マトモに動いているだけて御の字ですわ」
しれっと言ってのけるエリザベートに、一瞬表情を歪めたマヤは、気を取り直すとそれを真剣なものへと変える。
「今日は、山へ行きます」
「ええ、よろしくてよ、慎重に参りましょう」
山道をこの巨体で通るのは、それなりに技術が必要だ。マヤは地面に注意を払いつつ、騎体を操っていく。
「自分の足で歩かなくてもいいのは楽ですけど、気は使いますね」
履帯を重々しく軋ませながら、騎体は徐々に山へと登っていく。
「雪面は滑りますわ、お気をつけあそばせ」
雪面を登ることしばらく、騎体はようやく山頂近くの、あの暴れ竜の死骸の有る場所にたどり着いた。
しかし、そこに有ったのは、
「……喰われてますね」
無惨にも何者か食い荒らされた暴れ竜の死骸だった。
「嫌な予感がしますわ」
エリザベートが冷や汗を浮かべる。
「急いで戻りま……」
言いかけて、マヤの動きが止まる。
その視線の先には、巨大な影が有った。
「……目が合っちゃった」
その影が咆哮を上げる。
それは体長10メルテは有ろうかという身体に、前肢に翼幕を備えた飛竜だった。
「火吹き竜…ですの?」
「その割には小さくないですか?」
エリザベートの呟きにマヤは疑問を呈する。本来、火吹き竜は20メルテ程の体長が有る筈だ。
獰猛な性格で、人も動物もなんでも食べる。災害級とも言われる厄介なモンスターである。
「若竜ですかしら……」
飛竜がぐっと息を吸い込む。
「火を吐きますわよ!」
「……ッ!」
マヤは騎体を急旋回させ、斜面を駆け降りさせた。
直後、火吹き竜が吐き出した火球が騎体の後方に着弾する。
「どうしよう! 逃げます!?」
「逃がしてくれますかしらね!?」
マヤは飛竜を睨んだ。
「魔導砲の弾は何発有りましたっけ!?」
「通常弾が5発、炸裂の魔導弾が1発ですわ!」
騎体を飛竜に向け直す。
「最低でも追い払います! 村に着いてこられでもしたら、大変なことになっちゃう!」
決意を込めてマヤが叫ぶ。
「分かりましたわ! 砲手はお任せなさい!」
「行きます!!」
騎体の暴れ竜を模した頭部が、ガコンと口を開けるように開く。
頭部の中で、高速回転している金属の円盤に樹脂が押し付けられ、耳障りな擦過音を立てた。それが頭部内で反響し、竜の咆哮を模した大音響を立てる。
受けて立つかのごとく、飛竜も咆哮を上げる。
マヤは騎体を急発進させ、飛竜に接近した。
「とにかく、捕まえないと!」
空に逃げられたら、手が出せない。動きを止めないと勝負にならなかった。
「飛ぼうとしたら、翼幕を撃って下さい!」
「弾は通常弾でよろしくて!」
「それで!」
騎体の頭部で喰いつかんと肉薄する。
飛竜も小癪な不埒者を喰い砕くべく、頭から突っ込んで来た。
派手な音を立てて、巨体同士がぶつかり合う。
「喰らいつけェッ!」
マヤは騎体の顎を閉じさせるが、しかし、顎は空を切る。
逆に飛竜に首の部分を噛みつかれてしまった。
「このぉ!」
履帯を左右で逆回転させ、騎体をその場で急旋回させる。噛みついた飛竜を振りほどき、騎体後方に伸びた尻尾を模した部分で殴り付ける。
メキャッと鈍い音がして、尻尾が歪んだ。
「固ぁッ!?」
「流石飛竜ですわね!」
飛竜は数歩後ずさると、頭を振る。ギラリと睨み返してくる視線には、怒りが含まれていた。
息を吸い込み、轟、とばかりに火球を放つ飛竜。
「なんのぉ!」
マヤは右に騎体を急旋回させ、ギリギリを躱す。
「右旋回が多すぎですわ! いくら飛竜でもそろそろ覚えてきますわよ!」
「左旋回が鈍いんですよ! この子!」
以前、マヤが指摘していた騎体の癖が、ここで足を引っ張っていた。
飛竜が飛び上がろうと翼を開く。数度羽ばたいてふわりと巨体が浮き上がる。
「飛ばせませんわ!」
エリザベートが飛竜の翼を狙い、魔導砲を発砲する。しかし、双方激しく動き回っている中で命中させるのは、彼女の技量ではかなりの困難を伴う。
弾は飛竜を逸れ、背後の雪面へ虚しく雪煙を上げただけだった。
「流石に、これだけ動いていると当たりませんわね」
魔導砲に次弾を装填しながら、エリザベートが愚痴る。
飛竜は徐々に高度を上げると、悠然と滑空を始めた。
「下に逃げると、逃げ場が無くなりますわよ。今のうちに高いところへ!」
エリザベートの指摘に従い、マヤは騎体を斜面の上へと移動させる。
飛竜はゆっくりと旋回し、こちらに鼻先を合わせて来た。
「突っ込んできたら、一旦停止します。その間に翼を撃って下さい」
魔力も回します、とマヤが静かな、しかし、緊迫した面持ちで伝える。
「責任重大ですわね」
魔導砲の引き金を握る手を、エリザベートは意識して開く。いつの間にか、固く握り込んでいたのだ。
2,3度手を振り、ゆっくりと握り直す。
魔導砲に、騎体の魔導炉から発生している魔力が送られてくる。薬室部分に魔方陣が展開した。火薬で発射する通常弾の初速を上げる術式だ。
ある程度斜面を上がったところで、旋回し飛竜を正面に捉える。
それを待っていたかのごとく、飛竜は急降下を開始した。
一直線に金属製の暴れ竜へ向けて、突っ込んで来る。
マヤは騎体を停止させ、術式を操り揺れを一気に押さえ込んだ。
「今です!」
「落ちなさい!」
轟然と発射された弾丸は、瞬時に飛竜へと到達する。
魔力によって初速を高められていたそれは、飛竜の翼幕を易々と突き破り、そこに大穴を穿つ。
突如として片側の揚力を失った飛竜は、バランスを崩し雪面へと叩きつけられた。
「やりましたわ!」
「まだまだぁ!」
自分達よりも低い位置に墜落した飛竜に、マヤはすかさず騎体を突進させる。
再度、騎体の頭部を術式で操り、飛竜の頭に喰らいつかせた。
その勢いのまま、飛竜にのし掛かる。
「炸裂弾を!」
マヤの声に我に返ったエリザベートは、急いで弾を装填する。
「装填完了で」
すわ、と言いかけたところで、騎体の頭部が炎に包まれ吹き飛んだ。
飛竜が火球を放ったのだ。続けて、全てを燃やし尽くさんと、連続で火球が放たれる。エリザベートは一瞬死を覚悟した。
しかし、火球が騎体を炎で包まんとした瞬間、不可視の障壁に阻まれる。騎体の前面に魔方陣が展開していた。
「撃ってぇぇッ!」
騎体を通して発動させていた障壁の術式を解除しつつ、マヤが声の限りに叫ぶ。
「吹き飛びなさいッ!」
声と共に引き金を引く。炸裂の魔導弾が発射され、飛竜の顔面を捉えた。次の瞬間、轟音と共に飛竜の頭部が半分消し飛ぶ。
しかし、流石は飛竜である、頭半分無くなったというのに、まだ動いていた。
弱々しくではあるが、のし掛かってきた騎体を押し返そうと踠く。
飛竜がその動きを止めるまで、要した弾丸は三発であった。
メカ戦だ~!




