生まれる疑惑
山での死闘の翌日、マヤとエリザベートはゴルト村の駐在所まで戻っていた。
エリザベートは動けなくなったマヤを岩影に引っ張り込み、一つ残っていた魔導結晶を利用して暖をとり二人で身を寄せあって一晩寒さをしのいだのだ。下山したのは明るくなってからだった。
「わたくしは、別に居なくてもよかったですわね」
少し拗ねたようにエリザベートが言う。
「あれだけ強力な魔法が使えるなら、初めから使えば良かったんですわ」
「あれは、エリザベートさんの剣があってのことですし……」
マヤは困惑気味に答える。
「それに、あの場の魔素の濃度がかなり高かったこともありますので……」
マヤは斬撃を放つ前、周囲の魔素を魔力に変換したのだが、想定以上の魔力量が集まってしまった、と言うことだ。
「山は大気の魔素が地面に流れ込む場所なので、濃度が濃くなる傾向にはありますけど、ちょっと濃すぎました」
「どういうことですの?」
マヤの言葉にエリザベートがふと引っ掛かりを覚える。
「自然な状態ではなかったということですの?」
「自然にあれだけの濃度になるのは、珍しいですね、あたしも初めてです」
マヤが小首を傾げ、記憶を探りながら答えた。
ふむん、と腕を組み考え込むエリザベート。
報告用に数枚剥ぎ取ってきた、暴れ竜の鱗に視線を落とす。
「この時期に暴れ竜が一体で、こんなところにいると言うのもおかしな話だとは思いませんこと?」
「言われてみれば、もっと暖かい所へ行っていてもおかしくないですね」
エリザベートの疑問にマヤが相槌を打つ。
「ちょっと気になりますわね」
調べておきますわ、といいながらエリザベートは自分の荷物をがさごそと探りはじめた。
ややあって取り出したのは魔導通信機だった。
「見たことのない形式のですね」
マヤが興味ありげに覗き込んだ。
「あまり見ないで下さる? 一応、最新式の機密通信用ですのよ」
言葉とは裏腹に少し得意気にエリザベートは答え、通信機を起動させる。
「若鳥から親鳥へ、聞こえまして?」
『これはこれは、お嬢様。お嬢様からご連絡頂けるとは、何か面倒事ですかな?』
通信機から壮年の男性らしい声が聞こえる。
「ちょっと調べてほしい事がありますの」
『ヘッケンバーグ伯地領のことですかな?』
ヘッケンバーグ伯爵はこのゴルト村を含む地方を治める領主である。
「察しが良くて助かりますわ。そこで魔導と巨竜に関係した研究や実験をしている者が居ないか、調べてくださるかしら?」
『承知致しました。そう言えば、ヘッケンバーグ卿のお二人目のお子様が、今回国の役人の採用試験を受けられたそうですな』
なんでも、魔法が得意で実力で採用されたと証明するために、試験を受けたそうで、と、通信機の向こうの男性は続ける。
『魔法では主席合格の予定が2位だったとかで、大層荒れてらしたそうですよ』
聞くともなく通信を聞いていたマヤが、うへっと顔を歪める。
「もしかして、あたしのせい?」
「試験を受けたのなら、それが実力ですわ。マヤのせいではありませんことよ」
エリザベートはマヤを安心させるように言うが、彼女の気は晴れない。
「貴族の恨み買っちゃったか~」
「仕方ないですわね。まあ、ヘッケンバーグ程度ならなんとでもなりますわ」
傲然といい放つエリザベート。しかし、マヤにとっては頭が痛い問題だった。
「あぁ、それと、前に頼んだ案山子はどうかしら」
『手配致しました。一両日中にはそちらに』
エリザベートは答えを聞き満足げに微笑んだ。
「手早くて助かりますわ。お願いしますわね」
『かしこまりました』
さて、と通信を切ったエリザベートはマヤのに向き直る。
「ギルド討伐隊としての役目は終わりましたわ」
ここからは、コッホフェルト家息女、エリザベートとしての活動ですわ、とにこやかに笑う。
「それは構いませんが、国とギルドに上げる報告書、手伝ってください」
マヤが真剣な目で訴える。一人でやっていたら書類に溺れそうなほどの量が待ち受けていた。
「え、えぇ、善処しますわ」
暴れ竜に立ち向かう時より、よほど狼狽えながらエリザベートは頷いた。




