幸人
そう言えば幸人も若くて元気で可愛かった。
何の仕事か忘れたけど、同じ職場だった。
私より5歳年下で誰にでも愛想がよく気さくな反面、どう言うわけか2人きりになるとえげつない愚痴をこぼし始めるのを可愛いと思っていた。
だから付き合いたいと言われた時、迷わずOKしたし少し浮かれたのを覚えている。
思い返してみても好かれていたと思う。思うけど未練を残すほどに好かれていたとは、とても思えない。現に他に好きな人ができたわけだし。出雲大社だって新しい彼女と行けばいいだけだし。
「解せない。」
思ったことが口から出た。
「もともと、貴方が未練を持っているのなら人をやめる事はなかったのでしょう。幸人さんの未練が貴方を繋ぎ止めているのだと思います。一度会ってみる必要がありますね。」
ん~そんな事あるかな?自分が振った元カノに会いたいか?
「納得いかない様子ですが。基本的に私達は一般的ではない存在だと理解してください。ですから自分を基準に考えてはいけません。」
シキは穏やかに微笑んでいる・・・微笑んでいるが、これは注意されている?
「人は些細なものを守るために嘘をつきますし、嘘ではなくても思いを言葉にすると誤差が出来ます。その誤差が、相手の心に届くころには大きな違いになっていることがあるのですよ。何か誤解があるのかもしれません。」
気付くといつも元気な子供達も神妙な顔で聞いている。そう言えば喧嘩をしていたんだった。何か思うところがあるのかもしれない。
「とにかく、幸人さんの未練を何とかしなければ、貴方は完全な風の民にはなれません。ずっとココにお世話になるつもりですか?」
それもいいかもしれないと少し思った。
「それでもいいんじゃない。」ハルカが言った。
「まぁ確かにそれもいいでしょう。時間がたてば自然に未練も消えるかもしれません。」
いいんだ。
「じゃーその方向で。」
私が宣言するとマサルとヨウが『えー』と言う目で私を見た。
ダメですか?
「そうですか。貴方がそうすると言うなら、そうしましょう。風の民は肉体がないので、人よりも長い時間を生きることになります。幸人さんの未練が消えるまで待ったとしてもたいした時間ではありません。」
自分で言っといてなんだが・・・
「なんか、せっかく来てもらったのにすいません。」
私が言うと『そう思うなら元カレに会いに行けよ。』と言うヨウの心の声が聞こえた気がした。
「ご心配なく。完璧ではないですが貴方は風の民です。覚えないといけないことが他にも沢山ありますよ。明日からはそれをお勉強しましょう。」
「はい。宜しくお願いします。」
私が言うとマサルが溜息をこぼした。
「やっぱり風の民ってちょっと変わってるよね。」
「ちょっと?」ヨウが言った。
「僕らの周りと比べればだよ。」
「なるほど。」
視線はハルカとマサキを見ている。私は2人よりもちょっと変わってるってことか?
静かになった室内に小さなおじさんが海苔を食べるパリパリという音が小さく響く。
何枚目?
朝起きると、シキは座ったまま眠っているようだった。子供達の姿はない。そう言えば、マサキのお父さんとどこかへ行くと言っていたか。
シキが起きるまで散歩でもしようかと外に出ると久しぶりにシゲさんに会った。ほとんど母屋に行かない私はシゲさんに会うことが少ない。
「おはようございます。」
「おはよう。もう昼前だけどね。あなたのおかげでハルカが少し元気になったみたいだ。ありがとう。」
シゲさんが言って笑った。普通のお父さんに見える。
普通ではない背景があるらしいがハルカが元気になったのならよかった。
「アキラさん、おはようございます。」
マリーさんは今日も青白い。
「おはようございます。」
「昨日の白菜のお礼を田村のおばあちゃんに持って行っていただけますか?」
「俺がついでに寄って行くよ。」
「いいですよ。ちょうど散歩に行こうと思っていたので私が行きます。」
マサルに言われたことをすっかり忘れていた。
これはマサルが言っていたアレだろうか?
まさか自分の人生において、落とし穴に落ちる日が来るとは思わなかった。
頑張れば出れない深さではないけど、見上げれば田村のおばあちゃんの顔がある。影になって表情は見えないけど、その手には鍬。
これは襲われる?




