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ヨウとヒロキ

ヨウとヒロキが喧嘩をしたらしい。


呼ばれて田村のおばあちゃんの家に来てみると、玄関先でマサルがお茶を飲んでいた。情報源はお前か。

「どうして喧嘩になったの?」

聞いて欲しそうな空気に負けた。

「代理戦争。ヨウはシゲちゃんに弱いし、ヒロキはハルカ命だから。」

いのち。あの無表情なヒロキが?人には隠れた一面があるモノだなと思ったが、喧嘩をするぐらいだから隠れてはいないのか。

「仲がいいけん喧嘩になーだわ。」

田村のおばあちゃんがニコニコ言ってお茶を勧めてくれる。

私が湯呑を手にとるとその瞬間、ぶわっと手から風が飛び出して消えた。

それは一瞬の事だったけど、思わず湯呑を落として割ってしまった。

「すいません。」

「いいけん、いいけん。」

田村のおばあちゃんはニコニコしたまま手際よく、割れた湯呑を片付けて新しいお茶を入れてくれた。

最近うまくコントロールできるようになってきたのに、どうしてだろう?




「私はそろそろ帰りますね。」

「じゃー僕も。」

「あだん、忘れとこだったがね。」

田村のおばあちゃんに大きな白菜を持たされた。これに呼ばれたのか。




「気を付けた方がいいよ。」

薄暗い帰り道でマサルが言った。

「何に?」

「あの鬼婆はお姉さんのこと狙ってるよ。あまり2人で会わない方がいいと思う。」

おにばば・・・

「田村のおばあちゃんのこと?」

「そ、早く死ねばいいのにね。」

マサルは言って左の口角だけを上げて笑った。

鬼婆とは人を食べるとかそう言うことだろうか?

マリーさんは知っているのだろうか?

それより、マサルが言っていることは本当だろうか?

まぁ、結局どちらでもいいことだけど。正直、田村のおばあちゃんに興味がない。

会うなと言うなら、会わないようにしよう。

それよりも・・・

「教えてくれてありがとう。」

私は無意識に、自分よりひょろりと背の高いマサルの頭を撫でていた。マサルのように左の口角だけ上げて笑ってみる。マサルは少し驚いたような顔をして目を逸らした。

「どういたしまして。」

若くて、元気で、かわいい。



マリーさんに白菜を渡し、部屋に戻ると全員いた。

少しびっくりした。

「ヨウとヒロキは喧嘩したんじゃないの?」

「してません。」明らかに不機嫌な声でヨウが言った。

「別に怒ってないけど。」ヒロキが感情のこもらない声で言った。

3人がえ~と言う目でヒロキを見る。

「今日、僕達もここに泊まるから。」マサルが言った。

「トランプするって。」

ハルカは言ってテーブルに置いてあるおにぎりに手を伸ばした。昨日よりスッキリとした顔をしている。

「こんなに賑やかなのは久しぶりです。」

シキは朝と全く同じ場所、同じように正座をして微笑んでいる。

今日は壁を向いていないが、相変わらず視線は合わない。

見るとシキの膝の上で小さいおじさんが海苔を食べていた。



トランプに飽きてきて、誰もが思い思いに時間を過ごすようになった時、シキに声をかけられた。

「そろそろ、今後の話し合いをしましょうか。いくつか質問しますね。」

「はい。」

私は改めって背筋を伸ばして座りシキを見た。視線は合わない。

「貴方の家族の事を教えて下さい。」

はい、と言おうとして私は言葉に詰まった。家族・・・確かに家族がいたはずなのに名前どころか家族構成も思い出せない。

「あれ、なんか忘れたみたいです。」

シキは、うんと頷いて

「では仕事についてはどうですか。」

仕事はしていた・・・していたが何をしていただろう。

「・・・忘れました。」

うんとまたシキが頷いた。

「ご友人や恋人の名前を憶えていますか?」

まったく思い出せない。思い出せるのは別れた幸人の名前だけだった。

「元カレの名前が幸人だったことしか覚えてないです。」

なるほどとシキが頷いた。

「その他に、思い出せる名前はありますか。」

「・・・ないです。」

忘れてしまったことへの焦りはないものの、ただただ不思議だった。島根に来てから出会った人たちの名前はみんな覚えているのに、それまでに関わって来たはずの人の事が何も思い出せない。

「風の民になると言うことはそういうことです。人間だった時の名前を全て置いてくるのです。でもあなたは自分の名前と元恋人の名前を覚えています。それはその2人の間に何か未練があるのでしょう。」

幼いシキの顔に、大人びた微笑みが浮かぶ。私に未練があるのだろうか、ちょっとピンとこない。

「未練がある事は悪い事ではありません。ただ、名前って重たいのです。未練がある限り、名前を捨てることが出来ず。その名前がある限り、飛ぶことは出来ません。」

「え!飛べるようになるんですか?」

「はい、地上は風の民にとって暮らしやすい場所ではないので。」シキが困ったように笑った。

そうゆうものだろうか?ただ飛べると言う言葉に微かに気持ちが高揚した。


「お姉さんは、人に戻りたいとか思わないの?」

横になっていたハルカが漫画から顔を出して言った。

「戻れるの?」

「いや、無理だけど。」

そんな気はしていた。

「不思議と戻りたいと考えたことは1度もないな。」

「ふ~ん」


「それではお二人の間にあったことを教えて下さい。」

視線の合わないシキの目がこちらを向く。すると他の5人の目もこちらを向いた。

そして私は皆の前で振られた話をすることになった。別にいいけど・・・。


「なるほど。それなら、出雲大社に来たのは、あなたではなくその幸人さんの未練なのかもしれません。」シキが言った。


幸人の未練?


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