ハルカとシゲさん
ハルカとシゲさんが喧嘩をしたらしい。
どういうわけか、私はそのことを遊びに来ていた田村のおばあちゃんから聞いた。
なぜ知っているのか?
そう言えばハルカとシゲさんが話しているところをあまり見たことがない気がする。
「そういうお年頃ですもの。」
マリーさんは緑茶を入れながら言った。
田村のおばあちゃんは「あげあげ。」と頷きながら、湯呑を受け取っている。
私には経験がない、アレか。アレだな。反抗期。
シゲさんが何の仕事をしているのかは知らない。ずっと家にいることもあれば、何日か留守にすることもある。出かける時間もバラバラで、不規則な仕事なんだろうってことしかわからない。会えば「変わりないか?」と気さくに話しかけてくれる。私にとっては、その事実だけで十分で、それ以上の事を知りたいとは思わない。そう、基本的に人に興味がない。
人に興味がなければ期待もない。期待がなければ腹も立たない。だから喧嘩をした記憶がない。人が喧嘩をすると何となくザワザワと落ち着かない空気になり、私はいつもその空気を外側から傍観していた。
部屋にもどってそんな事を考えていたらうつらうつらと、いつの間にか眠っていた。
気がつくと、いつ来たのかハルカがテーブルで教科書を広げている。
「おかえり。」
「うん。」
ハルカは教科書から視線を上げない。
「宿題?」
「そう。」
「シゲさんと喧嘩したからココにいるの?」
「そう。・・・私の部屋、下の声が良く聞こえる。今、あいつの声を聞きたくない。」
あいつ・・・。
「怒ってるんだね。」
「怒ってる。」
少し笑ってしまった。ハルカが教科書から視線を上げて睨んで来た。
「ゴメンね。・・・私、昔から泣いたり怒ったりする人が羨ましくて。なんかすごくドラマチックに見える。」
つい正直に言ってしまった。
ハ~とハルカが大きなため息を吐いた。
「私も風の民だったらよかったのに。でもお姉さん見てると自分は絶対違うんだってよくわかる。」
ハルカは机に突っ伏して言った。
「どうして?」
「風の民気質と言われるものがあります。感情の起伏が少なく、穏やかな傾向があるのですよ。」
なるほど。
「え~と、どちら様?」
壁に向かって正座をし、うっすら微笑んでいる少年。さっきから視界には入っていたけど、急に会話に入って来た。
「初めましてシキと申します。」
シキは言って、壁に向かって頭を下げた。なぜこっちを見ない?
「さっき、ヒロキとおじさんが連れてきたよ。」
「と言うことは・・・。」
「はい、私はあなたの先輩にあたる風の民です。」
シキは壁を向いたまま言った。
「え~と、どうして壁を向いているんですか?」
聞かずにはいられなかった。
「エヘヘ、今はこの態勢が一番あなたを見やすいのです。」
「・・・変わっていますね。」
「はい、風の民に普通の人はいません。」
「お姉さんも変人ってことだね。」
ハルカの言葉に容赦はない。
「それでは、あなたの今後について話し合いたいと思いますが、何やらハルカさんがお悩みのようなので、まずはそちらから話し合っていきましょう。」
「え!」
珍しくハルカが焦った顔をした。
「話し合うようなことはないんで、ただの親子喧嘩ですから・・・。」
「ただの親子喧嘩?一般的な親子がする喧嘩だとは思えませんが?」
「!」ハルカが固まった。
「喧嘩の原因を知っているんですか?」
「はい、風は何でも知っています。」
なんとも言えない沈黙。ちらりとハルカが私を見た。私は知りませんと首を振って見せる。
「シキ・・・さんは、お父さんが正しいと思いますか?」
「私は正しい事、正義など存在しないと思っています。何かを判断するときには優しいか優しくないかで判断します。その上でハルカさんのお父様は、優しいと言えます。」
「優しくない。」
「ハルカさんのお父様は故郷のご家族とあなたの両方を守りたいのですよ。」
「・・・。」
「あなたはどう思いますか?」
まさか話を振られるとは思わなかった。
「まったくわかりません。」
その一言に尽きる。
「正直ですね。私はハルカさんの立場を考えると、強くなった方がいいと思いますよ。」
シキは相変わらず壁を向いたままうっすらと笑い、ハルカは不満そうに机をにらんでいる。
ハルカが何に悩んでいるのかわからないが、嫌な事はしなければいいと思う。でもそれは無責任な言葉になるから口には出さない。私だって今までの人生に嫌な事の1つや2つはあった。具体的には忘れたけど、解決策は覚えている。
「現実逃避。トランプでもしようか?」確か棚にトランプがあったはず。
「いいですね。」
いいんだ。
「やる。」
「何やろうか?」
「ダウトわかる?」
「わかるよ。」
「大丈夫だと思います。」
深夜まで3人でトランプをしたが、シゲさんやマリーさんが様子を見に来ることはなかった。それが優しさか冷たさか、私にはわからない。




