おじさん
まさか、これがおじさん!
ヒロキは小さいおじさんを握っていた。一瞬人形かと思ったけど、ヒロキがテーブルの上で手を離すと、小さいおじさんはその場に胡坐をかいて座った。皺の多い顔、薄い頭頂部が見える。
「ハルちゃん久しぶり。」外見に反して、甲高い声。
「おじさん久しぶり。」ハルカが言って人差し指で優しくおじさんの頭を撫でた。
「本当のおじさん?」
私がヒロキに聞くと、「そんなわけないでしょ。」とあっさり返された。ですよね。
小さいおじさんって本当にいるんだ。ハルカに撫でられてご満悦な様子のおじさんは、私を見てニカッと笑った。前歯が1本かけている。
「おお、風の民だ。」
「風の民?」
新しいワードが出てきた。
「やっぱり風の民なんだ。私はじめて見たけど、結構普通だね。」
ハルカが言った。
「普通じゃないのもいる。」
ヒロキの言葉におじさんもうなずく。
「え~と私の事ですよね、鬼じゃなかったの?」
「人として括れないものをまとめて鬼と言うが、そん中でも風の民と呼ばれるモンはちょっと特殊でな。」
ハルカが服のポケットから最中を取り出しておじさんの前に置いた。小さいおじさんは最中が好きなのかな。
「特殊ですか。」
おじさんは最中の袋を開けると、皮の部分をパリッと剥いだ。
「そうそう、風の民には実体がない。その体は精神と水と風馬でできとる。」
丸呑み!
「えーと、じゃぁ私のこの体は?」
一瞬おじさんのお腹が膨れて、すぐにしぼんでいく。最中の皮に胃の水分が全部持っていかれそうだけど・・・。
「そりゃ、あんたの精神の形だな。まぁ風の民になりたてってのは、だいたい人だった時の形をしとるもんだな。」
ヒロキが最中のあんこだけ取って、食べた。
「ちなみに、風馬ってなんですか?」
ハルカが、またポケットから最中を取り出す。
「ほれ、そこの窓から空を見てみ。わしには見えんが、なんか色の着いたモンが上の方で飛んどるだろ。あれが風馬だ。風の民に取り込まれなければ、色の着いたただの風だな。肉体が蒸発した時、精神が風馬を取り込んで風の民になる。まぁ風馬を取り込めず、そのまま消えていくモンも少なくないだろうがな。」
「という事は、あの黒い靄が私の取り込んだ風馬とう事ですか。」
1個目の最中の皮が全ておじさんの胃の中に入っていった。
「黒か、黒は珍しいらしいな、ヒロキ。」
ヒロキが頷くのを見て、おじさんが2個目の最中に手を伸ばす。
「ヒロキには見えるの?」
「ヨウも見える。」
「風の民以外で、見えるモンは珍しいけどな。」
「私も見えたらよかったのに。」
最中の皮を食べ続けるおじさんから目を離して、窓の先の空を見た。空がうっすら虹色に見える。風の民か、なんかいい響き。
「後見人には、ちょうどいいのがいるから聞いてみるわな。」
「ありがとございます。」
おじさんは2個目の皮を間食した。
その後も結構いろいろ話した気がするが、何も入ってこなかった。
*****
「風馬の練習をした方がいいと思うだよ。」
言ったのはマサルだった。
学校帰りの4人組が庭の草をむしっていた私に詰め寄って来る。
「まぁ、するにこしたことはないわな。」
ヒロキのポケットにおじさんが入っていた。そう言えば、もともと学校で拾ったと言っていたから、一緒に学校に通っているのかもしれない。
「うちの裏山でいいんじゃない。」ヨウが言った。
「いいね。あそこなら人目につかない。」
私の返事を待たずに話が決まって行く。家の中から、こちらを見たマリーさんがひらりと手を振った。行ってこいってことかな。
ヨウの家は急な坂を上った高台にあり、家の裏に山を背負った、大きな古民家だった。
「こっち。」
ヨウについて、家の裏庭から山に入る。10分ぐらい歩いたころ、急に目の前が開けた。
「頂上。」
360度を大きな木に囲まれたそこは、まったく見晴らしがないものの不思議と空が広く感じた。色とりどりの風はいつも高いところを流れていて、下の方で見ることはなかった。あれをどうやって取り込むというのか、自分のことながらさっぱりわからん。
「ホレ風馬を出してみい。」
どうやって?
「体にしまった時と反対にすればいいだけだよ。」
なるほど、ヨウの目は今日も不思議な色をしている。
私は体に仕舞っていた風馬を手から出していくのをイメージしてみた。
「だっ!」
手から暴風が出た。
思いっきりしりもちお付いた私をよそに、暢気な声が聞こえる。
「暴れ馬・・・。」
「無意識とはいえ、よくこんなの取り込んだもんだな。」
「見えないけど暴れてる感がはんぱない。」
「この山、ハゲにされるんじゃない。」
「それは、さすがに怒られるかも。」
見ると黒い靄のような風が私達のいる広場を中心に、円を描くように飛びまわっている。それなりの太さがある木の枝が、すごい音で千切れては舞い上がっていた。
「おぉぉ。」
これはすごい。
「おい。感心してる場合じゃないがな。これを制御して、襲われても自分で対処せな。」
「あ、そう言えば、どうして私は襲われたんでしょう?」
一瞬ポリバケツの中身がちらついた。
「疑問に思うのが遅いわな。」
「いや、その会話の前にアレを止めて。」
少し怒った顔も美少女だ。
しかし止めてと言われても・・・
「どうやって?」
「とりあえず、止まれって言ってみたら。」ハルカが言った。
「止まれ。」
止まらない。
「イメージがたりないんだと思う。止まった風馬をイメージすることだよ。」ヨウが言った。
イメージする。
「たまれ。」
かんだ。でも止まった。
確かにイメージが大事なわけだ。
私が感心していると、ヨウの体から緑の靄が立ちのぼった。
「それって・・・。」
緑の靄はヨウから離れると、ゆっくり移動していく。それから、地面に落ちている小さな枝を1本だけ巻きあげると、それをヨウの手元に持ってきた。
「ヨウは風の民なの?」
ヨウは首を横に振った。
「見えさえすれば、風馬を狩ることは出来る。だから、お姉さん襲われたんだよ。」
「ん?どうゆうこと。」
「風の民は、必ず風馬と一体だから。風馬が欲しいヤツは、風の民を狙う。しかも状況の分かっていない迷子を狙うんだ。」マサルが説明してくれた。
「でも、なんでわかるの?」
「匂いだな。しかも年季の入った民と新人じゃ匂いが違う。だから気づかれるわけだな。」
そんなものか。
「それならそうと、早く教えてくれたらよかったのに。」
「おじさんに聞くまで確証がなかったから。迷子に確証のない話をするのは余計に迷わすだけだってハルカが怒る。」ヒロキが言った。
「あたりまえでしょ。」
ハルカは可愛くない言い方をする。
「ハルカは性格悪いから。」マサルが笑って言った。
そうか、本当にこの子達はかわいい。
「それじゃ、お姉さん。私がやったみたいにやってみて。」
「はい。」
イメージすればいいんでしょ。黒い靄がゆっくりとは程遠い速さで動き出す。暴風から強風ぐらいにはなっていると思う。イメージすることの難しさを痛感していると、緑の風馬が並走してくれた。緑の風馬につられて私の風馬も少しずつスピードをおとしていく。
「出来るって知ってるくせに。」
ハルカは見えないはずの風を目で追いながらポツリと言った。
そうか、出来るんだ。それは喉に詰まっていたものを、ごくりと呑み込めたような感覚だった。
「帰るよ。」
薄暗くなってきた頃、ハルカが言った。
気づくとマサルとヒロキがいない。いつの間にか帰っていたみたいだ。自分がずいぶん集中していたことに驚く。
「お姉さんは単純だね。」
「素直なんでしょ。」
「どういうこと?」
「ほめてる。」ヨウとハルカの声が重なった。
2人が楽しそうに笑う。
暗い山道をヨウの家まで帰るとシゲさんが迎えに来てくれていた。
「どうだった?上達したか。」
車に乗り込みながらシゲさんが聞いて来た。
「お姉さん、単純だから。」
ほめてる?
「そうか、そりゃいいな。」
ほめてるのか。
「お疲れさん。帰ったらマリーが美味しいお茶を入れてくれるよ。」
「やった。」
少し弾んだ声が出た。気持ちが高揚している。確かに私は出来ると知っていた。




