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アキちゃん

アキちゃんは同じ会社の先輩だった。


部署が違うので、あの時までは『顔を見たことがある』ぐらいの存在だった。



あの時、俺はキレていたんだと思う。

人がいないのをいいことにムカついた同僚の鞄にランチに食べようと思っていたプリンの中身をぶちまけた。今考えてみても、とても幼稚でみっともない行為だけどあの時は、とにかくどこかに怒りをぶつけたくて押さえられなかった。



そして、それをアキちゃんに見られた。すぐ他の人も帰って来て弁解する暇もなかった。

俺終わった・・・。そう思ったのに・・・。


でも何も起こらなかった。

3日間耐えて、その夜アキちゃんを食事に誘った。

「あの、こないだ見ましたよね。」

「鞄にプリン捨てたやつ?」

あの後、その同僚は大騒ぎしてプリン事件は会社中に知れ渡ってしまった。周りは面白がっていて本気で同情してる奴はいない。本人の人徳のなさが見えた。

「・・・それです。誰にも言わないでもらえませんか。」

そう言った時のドキドキは人生で一番だったと思う。

「いいですよ。もともと言うつもりもなかったし。」

アキちゃんはあっさり言った。

「え、なんで?」

「いや、興味ないから。」

興味がない・・・それは私に、それとも同僚に、いやその行為にか?

「私、基本的に人に興味がないんで。」

全部だった。

「だから、私の前では何しててもあんまり気にしないから、大丈夫。」

「俺があいつを殺そうとしても?」

「その場合社会人として、止めるふりぐらいはすると思う。」

ふりだけか。

初めてしゃべったアキちゃんは、とにかく話しやすくて、気がつくとお酒の勢いも手伝って、酷い愚痴をこぼしていた。そしてアキちゃんはそんな俺を面白そう眺めていた。



その事がきっかけで、アキちゃんを目で追うようになった。仕事は真面目でいつも黙々とこなしている。特別仲のいい人はいないようだったけど、周りの同僚から気さくに話しかけられていた。人に興味がないと言っても、人付き合いは円滑なようだった。



それからアキちゃんを何度も食事に誘った。行くのは決まって職場から少し離れた焼き鳥の美味しい居酒屋で、アキちゃんは焼酎の水割りをさらに水で割って飲んでいた。話は一方的に俺が話すばかりで、自分が同じ話を何度もしている自覚はあったけど、アキちゃんは覚えていないようでいつも『初めて聞く。』と言う。本当に興味がないんだな~と思うと、いっそ清々しい気分になる。



何度も食事に誘ってるうちに会社で噂されるようになった。その頃になって俺は気づいた。最近、あの同僚にムカつくことが減った気がする。何か腹が立つことがあると、すぐにアキちゃんに話そうと思いつき、それ以上イライラが募ることはなかった。アキちゃんは俺のイライラを全部吸い取ってくれている。そんな気がした。



「アキちゃんは俺の愚痴イヤじゃない?」

聞いてみたことがある。

「全然。若くて元気でカワイイ。」

馬鹿にされてる?でも不思議と腹はたたない。

「年寄りみたい。」

ハハハ、っとアキちゃんが珍しく声を出して笑った。アキちゃんに恋をしているかと言われれば、なんか違う気はするけど、この人とだったら心安らかに過ごせる気がした。

「俺の彼女になって下さい。」

俺は酔っていたと思う。

「いいよ。」

アキちゃんも酔っていたと思う。

でも次の日お互い、まあいいかと言って一緒にランチを食べた。



あれから3年、口には出さなかったけど結婚だって考えていた。と言うか出雲大社でプロポーズするはずだった。アキちゃんと連絡が取れなくなった時のあの気分は何と言っていいかわからない。アキちゃんには心配したと言ったけど、心配と言う感情ではなかったと思う。とにかく煩わしかった。アキちゃんがいないことが煩わしくてイライラした。コレはあれだ。依存症なのかもしれない。



「アキちゃん、俺の側にいてよ。」

社会から存在しない人になってしまったとしても、俺にとって存在する人ならそれでいい。これは恋ではなく依存だけど、別の誰かと恋愛するなんて面倒でしかないし、出来る気もしなかった。



アキちゃんはいつもと同じように薄く笑って「いいよ。」と言った。


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