途方に暮れる
私は鳥居を見上げ、途方に暮れていた。
「なぜ?」
気が付くと人気のない出雲大社の鳥居の前に立っていた。
たぶん早朝だと思う。薄暗いせいで少し雰囲気は違うけど、振り返ると下って行くまっすぐな参道、その先のさらに大きな1つ目の鳥居が見える。
ガイドブックで見ていた風景がそこにあった。
幸人と旅行の計画を立てていた・・・立てていたのに、私は振られた。
だから、来ることはないはずだった場所だ。
「未練たらしく、1人で来てしまったとか?」
そんなことある?まったく記憶のないままに、島根まで来るって。
「そもそも、振られた後の記憶がない。」
自然と右手が顎を撫でる。考え事をする時の私の癖だ。
休みの日に幸人の家に行って、ソファに座ったらすぐに別れ話をされた。
『旅行には行けない。他に好きな子が出来たんだ。だから・・・別れて欲しい。』
幸人が早口で言った。
幸人はどんな言いにくいことも目を見て話す人だと思っていたのに、その時は一度も私の目を見なかった。
酷く、がっかりしたのを覚えている。
『わかった。』
私はあっさり、別れを受け入れて彼の家を出た・・・出たのは覚えている。
「問題はそのあとだ。」
バスに乗らず、少し歩こうと思ってバス停を通り過ぎて・・・。その後の記憶がない。バス停を通り過ぎた所から記憶がプツッとなくなっている。そこまで考えて私はハッとした。
「かばん!」
いつも使っているショルダーバックを持っていない。服のポケットに手を入れてみたけど、財布もスマホも持っていない。そしてさらに気付いた、買ったばかりのジャケットと着古したジーンズ、幸人の家に行った時と同じ服装だった。
「まさか歩いて来た・・・。」
いや、んなわけない。
もしかして、振られたショックで、薬でもやったとか・・・いやいやそれもない。少なくとも薬を飲む記憶はあるだろうし、そんなもんどこで手に入れられるか知らない。そもそも『振られたショック』を感じていただろうか?
私は昔から、いい意味でも悪い意味でも執着心がない。それは人に対しても同じで、だから振られたショックで何かをすると言うのはぴんと来ない。
気が付くと周りがだいぶ明るくなり、チラホラと人の姿が見え始めた。
「取りあえず、お金もないし警察に保護してもらうしかないか。」
自分で言って頷く。うん、それが一番常識的な対応だろう。
*****
鳥居を見上げると、太陽が真上にある。そろそろ正午かもしれない。何となく今日の空は虹色に見えた。
ぼんやりしているけど、私は途方に暮れている。
「なぜ?」
警察に行こうと決めたものの。警察の場所がわからない。
と言うわけで、あれから地元の人だと思われる通行人に声をかけているけど、ことごとく無視される。
正直、凹んだ。それでも10人目あたりでこれはおかしいと気づいた。最初は島根県民の性格が悪いのかと思ったけど、さすがに感じの悪い人ばかりなんてことがあるだろうか。
さらに参道の観光案内所で無視されて、疑念が湧いた。
もしかしたら、私の事見えてないのでは・・・。
それから、必要以上に大声で話しかけたり、進路に立ちふさがってみたけど、誰も私の事を見ない・・・見えてない。
さらに、通行人の腕をつかもうとしてつかめなかった。腕も肩も、いくら掴もうとしてもスルッと逃げられて掴めないのだ。これは・・・
「私、死んだ?」
結局行く当てもなく、私は鳥居の下に座り込んで途方に暮れている。沢山の観光客が鳥居と写真を撮っているのを横目に見ながら、自分は幽霊説について考えてみる。
例えばバス停を通り過ぎた後、何か落下物に当たって即死、そして行きたかった出雲大社に化けて出た・・・とか。
それなら、記憶がないのも人に見えないのも理由が付く。
「そういえば。」
幸人は霊感があるみたいで、時々何か見えているみたいだった。あまり話したがらないけど、一度聞いてみたことがある。
『ねえ、幽霊が見えるってやっぱり怖い?』
『ん~、たまに怖いのもいるけど、大体は普通の人と見分けがつかないかな。』
あの時、困ったような顔で笑っていた。見えることで嫌な思いをしたことがあるのだと思ったから、あれからその話をしたことはなかった。
「もっと根ほり葉ほり聞いとけばよかった。」
小さいため息が漏れる。
私は死んだのかもしれない。
「私の未練は出雲大社にお参りすることだったのか?」
もしそうだとしたら、お参りをすれば私は成仏するのだろうか?
「せっかくだし。」
お参りしてみようかな。それで成仏出来るかもしれないし。私は立ち上がって、参道を歩き始めた。
参拝の仕方はガイドブックを読み込んでいたからよく覚えている。それは旅行が楽しみだったからと言うよりただの暇つぶしだったけど。これと言ってやるべきことも仕事への意欲も、趣味もない私の暇つぶしといえば読書だった。もともと出雲大社に行きたいと言い出したのも幸人で、出雲大社が何県にあるかも知らなかった私はガイドブックを読み漁った。
「そんな私が出雲大社に未練を残すなんて・・・。」
正直、何となく釈然としない。
途方に暮れていた二つ目の鳥居から三つ目の鳥居へ急な坂を下って行くと、途中右手の小さな社に行列が出来ていた。
「祓社だ。」
本殿参拝の前に、この社を参拝して汚れを落としていくのだとガイドブックに書いてあった。どうせ見えてないのだから、私は行列を無視して今まさに順番が回って来たカップルの横で、礼をする。
出雲大社は他の神社と違って2礼4拍手1礼だったはず。
カップルが恥ずかし気に参拝をしている横で、私はサクッと済ませて参道へもどる。
「ん?」
列の最後尾、すれ違った4人組の1人と目が合った気がした。振り返ってみると、その子は友達と話をしている。気のせいだったのだろう。
参道を進み四つ目の鳥居をくぐると、本殿がある。
手を合わせた時、特にお願いしたことがない事に気づいた。
「今までお世話になりました。」
さらに本殿を反時計回りに小さな社を参拝していく。最後に神楽殿の大しめ縄を見た。
「本当に大きい。」
これにはちょっと感動した。
さて参拝が終わったものの、成仏する気配はなかった。さてどうしよう。ぶらぶらと歩きながら考える。考えてみれば、
「誰も気づかないなら無賃乗車で電車に乗って帰れるか・・・」
でもと思う、もし本当に自分が死んでいるなら帰っても結局どうしようもない。それより、自分がここにいる理由の方が重要な気がする。
なぜ私はここにいるのか。
考えながら歩いていると、何となくこちらに向かってくる人に目がとまった。フードを被ってうつむいた男。私を見ていた気がするのは気のせいだろうか?
フードの中の顔が見えた。のっぺりとした爬虫類のような顔。一瞬目をうたがった。その手に鎌を持っている。男の視線が上がって、目があった。やばい、気がする。




