第42話 髪の毛の中で
「クラーナの髪の毛って、触り心地がいいよね……」
「あら? そう?」
「うん、ふわふわしてて、とっても気持ちいい」
クラーナのことを撫でながら、私はそんなことを呟いていた。
彼女の髪の毛は、本当に触り心地がいい。どうしてこんなにふわふわしているのだろうか。犬の獣人特有のものなのだろうか。
「アノンの髪の毛だって、さらさらよ?」
「え? そうかな? そんなことはないと思うけど……」
「そもそも、シャンプーもリンスも同じものを使っているのだし、髪質はそんなに変わらないのではないかしら?」
「うーん……でも、私の髪の毛はこんなに気持ち良くない気がする」
「それは、自分の髪の毛だからなのかもしれないわね。やっぱり、好きな人と触れ合うだけで、特別ということなのではないかしら?」
「あーあ、まあ、それはありそうかも……」
クラーナの髪の毛の触り心地は確実にいい。だが、それがこんなにも心地よく感じるのは、彼女の髪の毛だからということなのだろう。
それは当たり前のことだ。クラーナに触れると幸せな気分になれる。それは間違いない。
「でも、犬の獣人特有の触り心地とかあるんじゃないの?」
「まあ、確かにそれはあるかもしれないわね……でも、私は自分の髪よりもアノンの髪の毛の方が好きよ」
「ク、クラーナ?」
「すー……」
クラーナは、膝で立ちながら私の髪の毛の中に鼻を突っ込んだ。
そのまま彼女は私の匂いを嗅ぐ。髪の触り心地を楽しみながら、私の匂いも楽しんでいるということだろう。
「うーん、やっぱりアノンの匂いはいいわね」
「例によって、洗っていない匂いを嗅がれるのは恥ずかしいんだけど……」
「この匂いがいいのよ……」
基本的に、クラーナはお風呂に入る前の匂いが好きだ。ただ、やはりいつまで経ってもその匂いを嗅がれるのは恥ずかしい。
とはいえ、私もクラーナのお風呂に入る前の匂いは好きである。段々と私も人のことは言えなくなっているのだ。
「……アノンも嗅ぎたいかしら?」
「あ、うん……嗅ぎたいかな」
「そう、それならどうぞ」
「うん、失礼するね……」
クラーナには、私の心はお見通しであるらしい。
という訳で、私は彼女の髪の毛の中に鼻を突っ込む。柔らかい髪の毛の感触といい匂いが伝わってくる。
「すー……すー……」
「ふふ、アノンも好きね」
「うん、やっぱり好き……」
私は、クラーナの髪の毛の中で深呼吸する。わかっていたことではあるが、これはいいものだ。癖になってしまいそうである。
こうして私は、しばらくクラーナの髪の毛の感触とその匂いを堪能するのだった。




