第35話 強者の気配
「……終わったんですか?」
「ああ、終わったよ」
容赦なくグラムベルドを切り裂いたアンナさんは、ゆっくりとこちらに戻って来た。
彼女が何をしたかはわかっている。ただ、不可解なのは鉄鋼竜がどうなったかということだ。
鉄鋼竜は、カルーナさんの目の前で消え去った。一体あれはどういうことなのだろうか。
「クラーナが使ったのは、消滅魔法というものなんだ」
「消滅魔法?」
「ああ、物体を物理防御力に関係なく消し去る魔法さ。鉄鋼竜が鉄よりも固い甲羅を持っていたとしても問題はない。消滅呪文は全てを消滅させる」
私の疑問に、アンナさんはそう答えてくれた。
口に出していないというのに答えられたという事実にも驚いたが、その説明はもっと驚くべきものである。
消滅魔法、その存在は聞いたことがない。恐らく、この辺りでは伝わっていない魔法なのだろう。
だが、それでもその魔法がとても難しい魔法だと理解できる。物体を消滅させるなんて現象を発生させるには、高い魔力と行動な技術がいるはずだ。
「そんなにすごい魔法なのに、鉄鋼竜だけを消し去ったの? 周りにも被害が出そうな気がするけど……」
「それは、カルーナの技術の賜物さ。彼女は、あの魔法を小規模で発生させる技術を身に着けている……うん?」
クラーナの疑問に答えたアンナさんは、何かに気づいたように後ろに振り返った。その視線の先には、グラムベルドがいる。
ただ、彼は完全にこと切れているはずだ。先程からまったく動いていないし、あれ程派手に切り裂かれているのだから、生きているはずはない。
しかし、アンナさんだけではなく、クラーナもグラムベルドの死体に目を向けている。どうやら、何かあるようだ。
「……皆、少し下がった方がいいわ」
「クラーナ? どうかしたの?」
「わからないわ。でも、私の本能がそう告げているの」
「カルーナ、私の後ろに!」
「うん!」
私はクラーナを、アンナさんはカルーナさんをそれぞれ後方に置き、グラムベルドの死体に対して構えた。
段々と私もわかるようになってきた。確かに、あの死体からは何かを感じるのだ。
「……これは」
次の瞬間、グラムベルドの死体から煙のようなものが発生し始めた。
それは、ある形を作っていく。それは、明らかに人の形だ。
「……うっ」
「クラーナ? どうかしたの?」
「……なんだか寒気がして」
「大丈夫?」
「ええ、問題ないわ。それより今は、目の前の出来事に集中するべきよ」
「……クラーナのことは、私が守るよ」
「ありがとう、アノン」
クラーナの顔色は、明らかに悪くなっていた。
それは恐らく、これから現れる者がとても強力な力を持っているからだろう。
犬の獣人の感覚は、人間よりも遥かに優れている。だからこそ、何かを感じ取ったのかもしれない。
「……なっ」
「あれは……」
私がクラーナのことを心配している内に、煙は実体になっていた。そこに、一人の女性が現れたのである。
その姿を見て、私は驚いていた。その頭からは犬のような耳が生えており、お尻からは毛に覆われた尻尾が生えている。
それは明らかに、犬の獣人の姿だ。だが、私が何より驚いていたのは、彼女が犬の獣人であることではない。その人物の顔に、クラーナの面影を感じたからだ。




