第3話 上書きされる匂い
私は、少し困っていた。
娘であるラノアとその友達のレフィリーナちゃんが、目の前で少しいざこざを起こしているからだ。
「レフィ、近寄らないで……」
「ど、どうしたのですか?」
家を訪ねて来たレフィリーナちゃんに対して、ラノアが先程からこんなことを言っている。大好きなはずの友達をどうして、ここまで拒絶するのか、私にはよくわからない。
「なるほどな……」
「これは……」
ただ、レクリアさんやクラーナはあまり焦っていなかった。
その様子に、私は少し考える。
焦っていないのは、二人がどうしてこなっているかをわかっているからだろう。二人にわかって、私にわからないこと。それは、なんだろうか。
「レフィ……ごめん!」
「あ、ラノア……」
ラノアは、そのまま家の奥の方に行ってしまった。
それに対して、レフィリーナちゃんは困惑するばかりだ。
そんな彼女が、ラノアを追いかけようと少し近づいてきたことによって、私はあることに気づく。レフィリーナちゃんから、いい香りがしてきたのだ。
「クラーナ、もしかして……」
「ええ、そうみたいね……」
「な、なんですか?」
私達の会話に、レフィリーナちゃんが反応した。
それは、どこか縋るような目である。
「レフィリーナ、あなた香水をつけているでしょう?」
「え? ええ、確かにつけていますわ」
「私達、犬の獣人は人間より鼻が利くの。人間にはわからないようなことまでわかる程に……そんな私達にとって、あなたのつけている香水は、結構きついのよ」
「そ、そうなのですか?」
クラーナの言葉に、レフィリーナちゃんは驚いていた。
それは、そうだろう。友達に会うためにおしゃれをしたはずが、それによって友達に嫌われるなんて、彼女は思ってもなかったはずだ。
ただ、香水というのは、犬の獣人にとっては刺激物である。大好きなその人の匂いを上書きして、成分によっては不快なものなのだ。
「まったく、急に香水なんて試したいというから……」
「だ、だって、そんなこと知らなかったんですもの……」
「まあ、ラノアも怒っていた訳ではないから、大丈夫だと思うよ。とりあえず、その匂いを取りさえすれば……」
レフィリーナちゃんの匂いは、かなり強いものなのだろう。クラーナも、彼女から少し距離を取っていることから、それはわかる。
多分、偶々犬の獣人にとって、不快に思うような香水を選んでしまったのだろう。これは、とにかくその匂いを落としてもらうしかない。
「お風呂に入って、服は……まあ、ラノアのを貸せばいいかな? 申し訳ないけど、それでいいかな?」
「は、はい。お願いします」
私の言葉に、レフィリーナちゃんは力強く頷いた。
こうして、彼女はその香水の匂いを取ることになったのである。




