第2話 それぞれの匂い
依頼を終えた帰りに、私とクラーナは小物屋さんに立ち寄っていた。
ここには、何故かわからないが犬の獣人にとって、魅力的なものが売っている。そのため、こうしてよく立ち寄ることがあるのだ。
「あら? 二人とも、いらっしゃい」
「小物屋さん、こんにちは」
「お邪魔するわね……うん?」
私達は、店主さんとももうすっかり顔馴染みである。
そんな店主さんの変化に、私もクラーナもすぐに気がついた。
「なんだか、いつもと違う香りがしますね?」
「え? ああ、そういえば、最近、香水を変えたのよ」
「やっぱり、そういうことだったんですね」
店主さんは、いつも香水をつけている。その香りが、今日は変わっていたのだ。
鼻が効くクラーナは、私よりもその変化を如実に感じ取っているだろう。彼女の表情が店に入ってすぐに変わったのが、その証拠といえるはずだ。
そんな小物屋さんで、私達はしばらく物色した。
ただ、残念なことに特に欲しいものは見当たらなかった。以前来た時から、それ程日にちが空いていなかったためか、新商品もなく、必要だと思うものはなかったのだ。
何も買わずに帰るのは、少し申し訳ないが、それでも店主さんは笑顔で送ってくれた。こうして、私達は帰路に着くのだった。
◇◇◇
「ねえ、アノン。一つ聞いてもいいかしら?」
「え? 何かな?」
家に帰ってから、クラーナはそのように切り出してきた。
その顔は、結構真剣である。
「アノンは、香水というものについて、どういう見解を持っているのかしら?」
「え? 香水?」
クラーナの質問に、私は思わず首を傾げた。
急にどうしたのだろう。香水についての見解が聞きたいだなんて。
いや、なんとなく理解できてきた。今までのことから考えて、クラーナが何を言いたいのかは、予想ができそうである。
「えっと、いい匂いがするものだとは思っているよ?」
「そう……そうなのね」
私の言葉に、クラーナの表情は少し暗くなった。耳も尻尾も垂れていて、とてもわかりやすい反応である。
「あ、うん……でも、クラーナは違うんだよね?」
「え? ええ、そうよ」
このまま落ち込ませておくのは可哀そうなので、私はすぐにフォローすることにした。きっと、クラーナはそれを話したいはずだ。
「犬の獣人にとって、香水はあまりいい匂いではないのかな?」
「まあ、香水がいい香りであるということは否定しないわ。でも、なんといったらいいのかしら……違うのよ」
「違う?」
「人には……いいえ、万物にはそれぞれに固有の匂いがあるわ。香水は、それに上から蓋をしてしまうの。それはなんだか、勿体ないことだとは思わないかしら?」
「あ、うん。まあ、そうかもしれないね」
クラーナは、匂いに対して熱弁を始めた。
犬の獣人である彼女は、匂いのスペシャリストだ。そんな彼女には、何か一家言があるのだろう。
「つまり、何が言いたいのかというと、私はアノンに香水は使って欲しくないと思っているのよ」
「やっぱり、そういうことなんだね……」
クラーナは、思ったよりも早く結論を要約してくれた。
なんとなく、それはわかっていた。彼女は、私の匂いが大好きだと何度も伝えてくれていたからだ。
「大丈夫、私は香水は使わないよ」
「そ、そうなの?」
「まあ、元々そんなに使っていなかったし……それに、クラーナと出会ってからは、あんまり使わない方がいいのかなと思っていた節はあるから」
「それは、良かったわ」
私の言葉に、クラーナは笑顔を見せてくれた。安心してくれたようである。
こうして、私は香水を使わないと改めて心掛けることになった。犬の獣人とともに過ごすということは、そういうことなのだろう。




