第96話 温泉に入る前に
私達は、エルキーナさんとともに旅館の温泉の脱衣所まで来ていた。
ここは温泉宿だ。そこで一番有名な温泉に入るというのは、至って自然な流れである。
「……」
「……」
そんな脱衣所で、私とクラーナは少し複雑な思いを抱いていた。
なぜなら、こういう場所に来るということは、私達にとって色々と考えさせられる行為であるからだ。
「お二人とも、どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
「えっと……」
私とクラーナは、結婚した。同性でありながら、愛し合っているのだ。
そんな私達が、女湯に入るというのはどうなのか。そういう思いが、少しだけあるのだ。
もちろん、別に私はクラーナ以外の女性に対して何か思いを抱くことはない。それは、クラーナも同様だろう。
ただ、相手からしてどうなのかという問題がある。
「エルキーナさん、私とクラーナは……」
「ああ、そのことなら、知っていますよ」
「ええっと……それなら、一緒に温泉に入るというのは、問題ないですか?」
「え?」
私の言葉に、エルキーナさんは首を傾げた。
なんというか、あまりわかっていないというような反応である。
「……ああ、なるほど、そういうことですか。まあ、別に問題はありませんよ」
「そ、そうですか?」
「ええ……いや、どうなんでしょうね?」
エルキーナさんは、頭を抱えていた。私達の関係性を考えて、悩んでいるのだろう。
同性で愛し合っている私達、その存在は彼女にとってすぐに結論が出せなかったようだ。それは、当然だろう。そんなに私達のような人間と会うはずはないのだから。
「……お二人は、どうなんですか? 私に裸を見られて、どう思いますか?」
「え? まあ、私は別になんとも思いませんよ。同性に裸を見られるというだけです」
「まあ、私もそうね」
「そうですか……それなら、問題ないと思います。別に私もお二人のことは、同性としか思わない訳ですし……」
「そ、そうですか……」
エルキーナさんは、私達から見た自分を考えて、結論を出したようだ。
私もクラーナも、お互いにしか興味がない。それを理解して、一緒に入ってもいいと思ったのだろう。
「……というか、そもそもお二人が私に興味があるなら、一緒の部屋に泊まることもできませんし……」
「……ああ、考えてみれば、そこも問題でしたね」
「まあ、それを気付かずに提案したくらいには、問題ないということでしょうね」
エルキーナさんの指摘に、私達は少し恥ずかしくなった。
そもそも、そういうことを気にするなら、同じ部屋に泊まるのもどうなのかという問題は確かにある。それに気づかず、今になってあれこれいうのは、どうもおかしな話だ。
「まあ、他のお客さんに関しても、多分大丈夫だと思いますよ。同性としか思わないはずですから」
「そうですか……それなら、とりあえずは安心できますかね」
私とクラーナは、このまま温泉に入ることにした。色々と複雑な感じもあるが、多分それでいいのだろう。
こうして、私達は皆で温泉に入るのだった。




