第36話 愛着を持って
私は、ガランの仕事を継ぎたくない理由を、クラーナに話していた。
私は、この地を離れたくない。だから、ガランの仕事を継ぎたくないと思っているのだ。
「昔はね……どこかに留まるなんて、考えたことがなかった。私がガランの娘だと知られたら、逃げるように町を移動して、それが当たり前だと思っていたんだ」
「ええ……」
「でも、この町で……クラーナと出会って、この家に住むようになって、私はここにいたいと思うようになっていたんだ。差別してくる人もいるけど、この町には友達もいるし、良くしてくれる人もいる。だから、私はこの町に愛着を覚えているんだ」
昔の私は、町に愛着など持っていなかった。
噂が広まれば、逃げていたからだ。私にとって、町は一時的に滞在する場所でしかなかったのである。
だが、この町ではクラーナとともに長い間暮らしてきた。私はもう、この町から離れたくないと思ってしまっているのだ。
だから、ガランの部下達の元には行けない。あそこを本格的に取り仕切るというなら、私はこの町を離れなければならないからである。いくら望まれていても、私がならない選択をするのには、そういう理由があるのだ。
「アノンの気持ちは、よくわかるわ。私も、この町に……アノンと出会ってから、私はこの町にいることを幸福だと思うようになっていたわ」
「クラーナも?」
「ええ、テットアさんや小物屋さんみたいに、優しい人もいるし、リュウカ達みたいな友達もできたわ。始めは、この家が都合がいいから留まっていたけれど、今はもう違うと思うわ」
クラーナも、私と同じ気持ちだったようである。
私達は、似た境遇だった。だから、その考えも似たのだろう。
「でも、だからといって、彼等の望みに答えないでいいということではないと思うわ」
「言い訳?」
「ええ、彼等に対して、アノンはそのことを打ち明けた? 相談してみたら、案外いい解決策が思い浮かぶかもしれないじゃない」
「相談か……確かに、考えたこともなかったな」
クラーナに言われて、私は気づいた。
よく考えてみれば、私は彼等に何も聞いていない。
自分で勝手に判断して、決めていたのである。それでは、駄目だ。この問題は、私一人で答えを出していいものではないのだ。
「そうだよね……確かに、クラーナの言う通りだよ。私、一人で決めようとしていた。でも、これは皆と話し合わないといけないことなんだよね……」
「ええ、今度行った時にでも、相談してみましょうか?」
「うん、そうするよ」
クラーナの言葉に、私はゆっくりと頷いた。
こうして、私の悩みは解決した。やはり、一人で抱え込まないのは、いいことである。




