商売に信頼関係は必要ですよ!
次の一手は…
露店を出店して初めての1週間は、瞬く間に過ぎて行った。結果的に6日間で600セットが完売した。
単純計算で、銅貨1枚/セット×600セットだから金貨に換算して6枚。日本円で60万の売り上げだ。人件費は、今回参加した社員には払わない。教会には、お布施として最初に金貨1枚払っただけだからとりあえずは、商会として損はしていない。食費は、それなりに掛かっているが、先行投資としては上出来だろう。
この世界は、俺達の世界と違い月を週で分ける習慣は無い。30日/月と言うのは決まっているので、交代で露店に売り子として出てもらい、7日のうち1日は完全休日とする事にした。慣れてきたら休みは増やす事、売り上げが安定したら社員に報酬を出すという方針が、早い段階で沢田専務から発表されている。
◇◇◇
休日の次の朝、俺と高橋課長はギルドを訪れていた。新たな情報を得る事は勿論、同業者の反発を買わない様に、ギルドを通して話し合いをする為だ。休みの前にギルドへ話を通していたので、会議室に同業者が集められていた。
「本日は、お集まりいただき誠にありがとうございます。私、信頼雑貨株式会社の高橋 遼と申します」
「同じく、信頼雑貨株式会社、速水 慎一でございます」
「私は、ラ-グ。主に金物関係を扱っている」
「アタイは、ナタリ-よ。繊維関係を扱ってるわ」
「俺は、ロドリゴ。肉関係だな」
「ナダル。鉄工屋の連中を纏めてる」
「私、キュ-ズと申します。石の事なら何でも聞いてください」
ここのギルドは色々な業種が集まっている為、その中でも代表になる人たちが来ているんだ。細かく分けると人数がかなり多くなるらしい。少しピリピリした会議室の中で高橋課長が話始める。
「お忙しい中、今回集まって頂いたのは他でもない、我々の商会と提携しませんか? というご提案の為なんです」
「ちょっと良いか? その提携ってなんだ?」
「はい、ナダル様。我々は今後商売するにあたり、同業者を圧迫したくありません。そこで、皆さまにも我々の扱う商品を取り扱ってもらえないか? と言う話です」
「なんでも珍しい商品をお売りになっていると聞きましたわ」
「ナタリ-様の仰るように、我々の扱う商品は多岐にわたります。そこで、専門に商売を行っている皆様と共に業績を伸ばしたいのです」
「いきなりそんな事言われてもな。どう信用しろって言うんだ?」
「ラーグ様。皆さんもその様に思われて当たり前です。しかし、我々はこの街の領主であるライアン男爵から直接許可を頂いております。それだけでも信用する根拠になりませんか?」
少し考え込む皆さんに、これからの事業展開を各分野に分け隔てなく話していく。既に資料として持って来ているので、1人に1部づつ配った。それを見ながら熱心に読む人、既に今後の展開を考えている人など様々だ。それをただ見ている俺達では無い。きっちり資材の入手に関してだとか売り上げに対するパ-センテ-ジの話も詰めて行く。契約するのは、早い方が良い。ただし嘘はいけない。きちんと資料も契約内容に関する書類も、双方が納得した上でサインをする事で、初めて信頼関係が生まれるんだ。結局、この話は朝から昼を越えて続いた。それも予想していた俺達は、会社から岩さんにお昼ご飯を配達してもらったんだ。フォークとスプ-ンを使っての食事でも、驚くと同時に商売人の顔になっていたよ。その効果なのか、その後はスム-ズに話が進み全て双方合意でサインを頂く事に成功した。皆さんと固い握手を交わした後、ギルドを後にした。
◇◇◇
二人が、ギルドに行っている時、露店は大盛況だった。今日から鉛筆・色鉛筆・A4用紙のセット販売が始まったのだ。
「今日から新商品の販売や! そこのお兄さんもお姉さんも見なきゃ損しまっせ!」
「こちらの商品なんと銅貨1枚で販売しております! 今だけですよ!」
田村と安田さんが声を張り上げる横で、倉木さんがA4用紙に絵を書いていた。可愛らしい動物の絵を周囲に見せながら注目を浴びていたのだが、同じテ-ブルではマリアさんが絵とは言えない何かを書いていた。ここに画伯が居たようだ! 周りからはいつものように生暖かい視線が注がれている。物珍しさもあり、紙と色の付いた鉛筆が、子供から大人まで興味を引き飛ぶように売れて行く。ここでの価格設定も当初はもっと高くする予定であったのだが、スプ-ンなどのセットと同じ価格の方が売れる! と言う社員の意見を反映したのだった。結果は、完売と言う形で現れたので、価格設定も間違いなかったのだろう。
「ねぇ、静香! これなぁんだっ?」
「ん? えっと犬かしら?」
「残念でした! 正解は、トミ-です! ほらこことかそっくりじゃない?」
「え? そ、そうなんだ。言われてみれば……」
「ちょっと見せてみぃな、ははぁん、これはクマかいな!」
「トミ-だって! ほらここが!」
トミ-君の似顔絵は、誰にも分らなかった。ある意味、マリアさんは天才? なのかもしれない。今日も彼女は、書いた絵をもって教会へ帰って行きましたとさ。
商売をする上で競争は不可欠だが、喧嘩する必要もないのだ。