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宰相の思惑 前編

穏やかな日常は突然に......

 井戸が開通したことにより、水を運んでいた人員が不要になった。しかしその中には、女性や子供達が多く含まれていたんだ。そこで新たに始めた衣料部門に女性を雇い、子供達には工場の部品仕分けに加わって貰う事にした。我々が生きる為にお世話になった人達に対し、必要が無くなったらそれまでと言う考え方は出来なかったんだ。甘いと言われれば言い返す言葉は無いが、今の所生活する上で問題は無い。この件に関しては各商会とも話をして、女性の雇用と子供たちの仕事を増やす話をしている。継続して人々を雇える環境を作る事で、町全体を活性化させたいんだ。


「速水! おはようさん」


「田村か。おはよう」


「何や疲れた顔してからに。忙しそうやな」


「工場に比べたらなんて事無いさ。こっちは行商人達とのやり取りだけだしさ」


「それでどないなんや? 行商人との駆け引きは?」


「流石に商売人だけあって、一筋縄ではいかないよ。でもアドバンテ-ジはうちにあるから」


「よっ! 営業部のエ-ス!」


「はいはい。こっちの事より販売部は如何なんだよ?」


「こっちは、女性も増えたしなぁ。眼福や!」


「......そうか。まぁがんばって」


「なんや冷たいのう。中村はんが忙しゅうて、かまってくれへんのか?」


「中村さんは、今大変なんだよ! と言うか声がデカいから! そっちこそ鼻の下伸ばしてたら、倉木さんにチクるぞ!」


「いやいや、それは堪忍してえな!」




◇◇◇




 その頃食堂では、マリアやトミ-と共に子供達が騒いでいた。


「ちょっと! ちゃんと手洗いしたの? ダメだよ?」


「そうなのです! 手洗いとうがいは大事でおじゃる!」


「はいは-い! 僕はちゃんとやってるよ? シスタ-マリア!」「僕も!」「私も!」


「おかしいわ。マリアとトミ-がまともな事言ってる」


「ちょっと静香! 何か聞き捨てならない事聞こえたよ?」


「少し前まで言う事聞かなかったよね? 二人とも」


「ん-、な、何の事かしら? ね、ねぇトミ-?」


「そ、そうでおじゃる! 失礼でごじゃるよ?」


 ジト―――――― (二人を見つめる静香)

 静香の無言の圧力に冷や汗を汗をかきながらも、食べる手だけは緩めない二人であった。恐怖に食い気が勝ったようだ。それを見ていた周りの子供達は、盛大に吹き出していたが......。

 うちで働くようになった街の人々は顔色も良くなり、痩せていた身体も徐々に健康的になってきた。食堂で出る栄養の計算された食事と、適度な運動が良い効果を与えている様だ。皆率先して朝・昼・晩の食事を摂りに来る。家に病人の居る家庭には、持ち帰りもさせているんだ。皆からは、『岩さん弁当』と呼ばれ親しまれている。




◇◇◇



 昼前に男爵から使者がやって来た。とても緊急の案件だという事で、対応した花崎が慌てた様子で沢田専務に報告に走る。何でも王都から宰相様が来られたようだ。


「宰相と言うと、我々で言う首相であってるかな?」


「専務、それで間違って無いと思います。政治の中心人物ですね」


「では私と清水君で、男爵の屋敷に向かおうか。要件は分からないが」


「それでは、清水部長には私が伝えてきます」


 その報告をしている時、正門には明らかに貴族と思われる一団がやって来ていた。門を担当する護衛もあまりの事に驚きすぐに1階の受付に走って来ていた。


「何だって? それは大変ですね。とにかくお話を伺いましょう」


 報告を聞いた大塚は、門に走った。経理の人間には沢田に報告に行くように指示したんだが......。



◇◇◇



「ほう。ここが例の商会かね。確かに不思議な建造物だ。この門や塀も見た事が無い」


「宰相様。どうやら出て来たようです」


「えっと、貴族の方とお見受けします。失礼ですが、何用でございましょう?」


「こちらに居られるのは、アルメリア王国の宰相、ブラウン・スチュワ-ト様でございます。責任者とお会いしたい」


「なんと! これは遠路遥々ご苦労様です。どうぞ中の方へ」


 驚いた大塚だったが、先程男爵から使者が来ていたので何とか理解できた。それにしても宰相自ら訪問とは......。




◇◇◇



 

 突然の訪問に社内は軽いパニックだったが、何とか体裁を整え応接室に案内した。宰相一行は社内を見ながら感嘆の声を上げていた。この世界では見る事のない物が多数あり、興味津々な様子だ。花崎が応接室に一行を案内し、後で社内を案内する旨を伝えると落ち着いた。


「お初にお目に掛かります。私、信頼雑貨株式会社の沢田 智紀でございます」

「同じく信頼雑貨株式会社の清水 明久でございます」


「私はブラウン・スチュワ-トだ。この国の宰相を務めておる」


「お待たせして申し訳ありませんでした。まさかこちらに直接おいでになるとは思わず」


「何、こちらも早くこの商会を見たかったものでな。グランベルク卿にも伝えていない」


 ブラウンはそう言いながら、豪快に笑った。どうやら気さくな人物のようだ。


「それでこちらには、どの様なご用件でしょうか?」


「先日、王城にて君達の処遇をどうするか? と言う話になってな」


「処遇と言いますと? 何か不都合がありましたでしょうか?」


「いやいや誤解はしないで貰いたい。何せ『幸運の君(ラッキーロ-ド)』が現れたのだから、国としてもどの様に扱うのか思案していたのだ」


「成程、私共がその様に言われている事は、存じております。しかし宰相であるブラウン様がどうして?」


「国王陛下が君達を保護する事に決めたのだよ。それなら私自ら、君達を見極めようと思ってな」


 突然訪問してきた国の宰相。告げられた国の方針。沢田と清水は困惑を隠せない。果たして宰相は何を考えているのだろうか? 

やって来た宰相ブラウン。果たして何を考えているのか? 


後編に続く......。

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