思わぬ情報と新たな出会い
男爵からの使者は何用だろう?
男爵からの連絡は、今日の昼から屋敷にて話がしたいという内容だった。何故か俺の指名も入っていたんだよね。王都へ行った事と関りがあるんだろうか? そんな事を考えながら食堂へ出向くと、いつものようにマリアさんとトミ-神父が騒いでいた。その横には、子供が数人いたんだ。
「おい、田村。あの子供って誰?」
「おお、速水か。あの子らは、例の水を運んでくれてる子らやで」
「なるほどな。食事付きで雇入れたんだっけか」
「育ち盛りの子供らやから、盛大食べささんとあかん」
「それにしても、子供と争うあの人達は......」
「まぁ、賑やかでええがな。あの二人のおかげで、社内も雰囲気明るなったで」
確かにマリアさんとトミ-神父の存在が、俺達を沈んだ気持ちにさせないんだよな。常に笑い声が聞こえるから、知らぬ間に周りも笑顔になる。偶然でも出会えた事に感謝しないと。
それから食事を取り、田村に予定を尋ねた。彼はこの世界に来て随分楽しんでいる様だ。
「田村ってこっちに来てから毎日精力的だな」
「まぁあれや。見るもんが全部新鮮なんや。それに倉木さんとも喋れるしなぁ」
「それもそうか。普段は部署が違うと話す機会もあまり無いもんな」
「せやで。こんな時やから楽しまんとな。それに今日からは、歯ブラシ売るんや!」
「歯ブラシ? 何か意味あるのか?」
「街の人に聞いたら、習慣が無いんやと。それなら歯磨きとうがいを定着させようとな」
「そういう事か。確かに歯磨きで虫歯予防。手洗いとうがいをセットでする習慣大事だしな」
「とにかく虫歯や風邪の蔓延を防がんと、俺らがうつっても困るしなぁ」
「へぇ、意外と考えてるんだな。見直したよ」
「倉木さんの受け売りやけどな。ええ習慣は広めんとな」
今日の販売は、石鹸と歯ブラシ。歯磨きとうがいの実演販売をするらしい。石鹸は銅貨1枚。歯ブラシは鉄貨5枚という値段設定だそうだ。セット割引しないとちょっと厳しいかもしれない。販売部の腕の見せ所かな? 昼からの訪問には、俺の他に清水部長と花崎さんが同行するらしい。経理部から人が出るって事は、何かあるんだろうか......。
◇◇◇
昼食を済ませ3人と護衛1名で男爵の屋敷に向かった。もう屋敷までの道程も馴れたものだ。街ゆく人を見ると、マスクを着用している人がかなりいる。ただ白いマスクの口元が、茶色くなっているんだ。埃が多いんだよなぁ、きっと。在庫のある間は配っても良いけど、早急に作る手配もしないとな。思いついた事を手帳に書きながら歩いていると、男爵の屋敷が見えて来た。屋敷の入り口に、見慣れぬ馬車と数頭の馬が見える。俺達以外にも訪問者のようだ。屋敷の入り口で声を掛けると、執事の方が応接室に案内してくれた。
「失礼します。お待たせ致しました」
「おお、すまぬな。席に着いてくれ」
入った部屋には10名ほどの男たちがテ-ブルを挟み座っていた。どうやら同席で話をするらしい。
「では、集まったようなので話を始めよう。今日呼んだのは他でもない、そこの速水君が提案した時計の件なんだ」
「どう言う事なんでしょうか? そちらの方と関係が?」
「うむ。ここに集まっている者達で、時計の製作を頼みたいのだ」
男爵が言うには、公爵様に贈った時計を試験的に使ったらしい。贈った3つの時計を3か所に設置(執務室、商業ギルド、教会)。時間に合わせて業務をすると、効率が上がったという話だ。今までは打ち合わせ1つをとっても、曖昧な時間で決めていた為ロスが大きかった。しかし時間通りに始めれば、それだけで時間を短縮できた。それならば使わない手は無いと。俺が呼ばれたのは、公爵様に提案したのが俺だったからだ。目の前に座っているのは、王都から来た商業ギルドの一団だった。職人8名、事務方2名で、製作をうちと協力して行いたいと言う話だ。
「初めまして。王都の鉄工ギルドを纏めているロキと言います」
「初めまして。同じく鉄工ギルドのメイヤです」
「これはどうも。私は、信頼雑貨株式会社の清水 明久です」
「同じく、信頼雑貨株式会社の速水です」
「同じく、信頼雑貨株式会社の花崎です」
俺達が差し出した名刺に興味津々の鉄工ギルドの2人だったが、すぐに仕事の話に切り替わった。職人さんたちは実務に興味があるらしく、個別の挨拶は控えたようだ。
「そう言う事でしたら、製作の詳しい打ち合わせはうちに来て頂いてお話ししましょう」
技術的な事は、俺達も工房の職人に確認しなければわからない。それも男爵は解っていたので、清水部長が先に鉄工ギルドの面々を連れて戻った。俺と花崎さんは、別件があるらしい。
「すまんな。時計の件は、あちらに任せよう。例の転移者の件なんだが......」
「何か進展がございましたか?」
「早馬でハ-メリック帝国に親書を送っているが、そちらはまだ着いていない。だが隣の国との境界にあるメルボンヌの街に、転移者の遺物があると連絡があってな。君達が欲しい情報だろ?」
「本当ですか⁉ 確か100年程経っているはずですが......」
「どのような物かは、わからないんだ。サダラ-ク公爵様からの親書には、遺物があるとしか書かれていなかった」
「そうですか。残っているとしたら、私物か建物でしょうね。もし見れるのであれば、行きたいですが」
「わかった。一度、公爵様に確認を取ろう」
思わぬ話だったが、何かの手がかりになる可能性が大きい。確か女性だったはずだけど、その後どうなったかも聞きたいところだ。公爵様が色々と動いてくれている事に、感謝しなければ。今の所それ以上の話は聞けなかったが、王都へ行った事が無駄にならなかったよ。その後、花崎さんと男爵が話をしていたんだけど、名刺作成にかかる料金表を渡すためだった。男爵を経由するので手数料を支払うらしい。
新しい情報が入った事で、新たな目標が出来た。これから忙しくなりそうだ。
時計については、どの様に製作できるのか? 新たに入った転移者に関する情報が、何をもたらすのか?
次話もこの話が中心になります。




