突然の帰還?
驚く声明発表の日。集まった各国首脳と聖女達。
アルメリア王国で行われた、各国と聖女達の声明発表は世界中を驚かせた。
医学と言う新しい学問。それは『神の奇跡』を否定するものだったからだ。
しかし大きな騒動にならなかった。
「民衆も教徒達も好意的に受け止めたようですな」
声明発表の後、各国首脳たちは聖女達と改めて会合を行っていた。
その中でアルメリア王国の国王、ジョ-ジが安堵の表情で言ったのだ。
「やはり『神の御使い』が各国で行って来た功績が大きいのでは?」
ジョ-ジの言葉を受け、サリファス王国の国王、プライムは答える。
速水達は各国で衛生環境の改善を行って来た。
その活動の中で、何故衛生環境を改善するのか?
環境を変える事でどういう効果があるのか?
民衆の理解を得る為に、社員達は丁寧に説明を行って来たのだ。
勿論、国の首脳陣も同じ説明を受けて来た。
そして現在、その効果がはっきりと表れていた。
毎年多くの国民が命を落とした『風邪』と言う病気。
体力の無い子供。まともな食事を取っていない層の人々が亡くなって来た。
その病に対し国が出来る事は、教会に祈りを捧げるだけだったのだ。
「私たち聖女でさえ、女神にすがる事しか出来ませんでしたから」
少し悔しそうに言うファリス教のアナマリア。
自身は聖女と呼ばれ、女神の言葉を受ける存在。
民衆から崇められ、「助けてほしい」という人々に対し祈りを捧げて来た。
だが女神は直接的な救いを人々に与えてはくれなかった。
その事で自身の力の無さを何度も痛感して来た。それは他の聖女も同じ。
だが女神を疑う事は出来なかった。その行為は教会の教えを否定してしまうからだ。
そんな時に現れた『神の御使い達』。彼らの存在は聖女にとっても救いになる。
「病原菌と呼ばれるものを見せられた時は、腰を抜かしそうになったがな」
そう笑いながら言うのは、スレイブ王国の国王、ネロイ。
岡田が顕微鏡で見せた未知の存在。それを見た時の驚きは今も忘れられない。
それはこの場に居る全員が受けた衝撃だった。
「その事が我々と教会をより強く結びつけた。力を合わせ戦う為に」
力強く発言するのは、ハ-メリック帝国の女帝、メリアだ。
争いを失くし平和を望む、新しい帝国を目指す彼女。
国々と力を合わせ、未知に立ち向かう事に喜びを感じていた。
「しかし何故、この場に彼らは参加しなかったのだ?」
難しそうな顔で言うのは、ファインブル王国の国王、ミゼロ。
それは各国の重鎮も同じ意見だった。
皆がこの声明発表の場に、『神の御使い』である彼らが同席すると思っていた。
しかし信頼雑貨の社員達は、それを望まなかった。
自分達はこの世界の人間ではない。
きっかけを与える事は出来るが、未来はこの世界の人々が作るべきだと。
「そうだよねー。はやみんは、出席して欲しかったんだけど!」
ふくれっ面で言うマリア。声明発表の場では、女神の様な表情で語っていた彼女。
民衆はその神々しさに頭を垂れたのだ。しかし本人は変わらない。
速水が側にいて欲しかったのは事実だが、他の目論見もあった。
「マリアちゃんは、静香が来るのを期待してたんでしょ?」
マリアを撫でながら言う、マ-ルス教のエルファ。他の聖女も頷く。
見透かされた事に恥ずかしくなったマリアは、エルファの胸に顔を隠す。
そんな光景に周囲の皆も穏やかに笑った。
そんな会話の後、各国首脳と聖女達は様々な意見を交わした。
医学と言う学問を学ぶ為に設立する医療学校。
医薬品はグ-テモルゲン王国の研究機関から試験的に販売される。
この事に反発する国もあったが、各国の人材を集め育成するという事で決着。
人材が育てば自国での医薬品開発も自由に行えるのだ。
そして競うように研究が進めば、更なる発展も見込める。
各教会は医師を育成する事に前向きだ。
白熱する議論はこの日、夜遅くまで続く。
◇◇◇
その日、王城の一室でマリアは就寝した。
難しい話が延々に続き、正直言って疲れた。
まぁ皆が話している間、いっぱいお菓子を頬張っていたのだが。
普段なら朝までグッスリ寝るはずだった。
夢など最近は見た事も無い。
しかしこの日は違った。
〝マリア。その時が来ました〟
「え? ジュノ-っち? その時って何?」
たったそれだけの夢だった。どう言う意味? 疑問を感じながら目を覚ますマリア。
え?! 目覚めたマリアの身体をもの凄い揺れが襲う。
グラグラグラ。その揺れは続く。
どれだけの時間が経ったのだろう......恐怖を感じ布団を被るマリア。
揺れを感じなくなったマリアは飛び起きる。
「あっ! 揺れたらベットの下へ入るのよって、クリスタお姉ちゃんに言われてたよ!」
部屋の中は不思議なほど静かだった。大きな揺れがあった割に、壊れた物も無い。
ベットから降り、窓の外を見てみるマリア。
やはりおかしい。誰も外に出て来ている様子が無い。
「何で? もしかして夢だったのかな?」
そっと部屋のドアを開け、廊下を見る。
シ-ン......。
やはり誰も騒いでいない。
「でもあの夢は......ん? ちょっと待って! あの揺れってまさか?!」
マリアは思い出す。強い揺れを感じた事があったのだ。
それが何を意味するのか。
思い至った結論に身体は勝手に動き出す。
「お姉ちゃん達に知らせなきゃ!」
部屋を飛び出したマリアは、聖女の居る部屋へ向け走った。
◇◇◇
同じ頃、速水達の寝る宿舎。
信頼雑貨の社員達も強い揺れを感じていた。
「おいおい。この揺れは⁈」
速水は突然の揺れに驚き、ベットの下へ身を隠した。
揺れに耐えながら思う事は一つ。
もしかして? 俺達は成し遂げたのか?
その揺れは体感で5分程続いた。
揺れが収まったタイミングで直ぐに窓の外を見る。
「......違うのか?」
速水は落胆した。自身の期待では、窓の外はあの景色だったのだ。
しかし見える景色は教会内の敷地。
「ただの地震だったのか? でもこの世界に来て、地震なんて初めてだ。とにかく静香さんや仲間の様子を確認しないと」
速水は各部屋を周る事にした。部屋のドアを開け、廊下に出る。
すると不思議に思った。揺れが収まったのに、誰も部屋の外に出て来ていない。
もしかして夢だったんだろうか?
もしそうだったら、恥ずかしい。だが流石にあの揺れが夢とは考えられなかった。
辺りはまだ夜明け前。先ず確認するなら男性社員の部屋だろう。
そう考えた速水は、田村の居る部屋へ向かった。
コンコン。静かに部屋をノックした。
「おお速水。無事やったか」
「ああ。やっぱり揺れたよな」
部屋から田村が出て来た事で一安心。だが田村の次の言葉で驚く。
「隣で寝てたはずの岡部がおらんねん。あいつどこ行ったんやろ? 見て無いよなぁ?」
「いや。俺も今さっき部屋から出てきたんだ。岡部って販売部の人間だったな」
「そうや。でも真面目な奴やし、夜遊びせえへんはずやねんけど」
「あっ篤さん! 良かったぁ!」
廊下で話す速水と田村の下に、倉木がやって来た。田村は安心した様に言った。
「良かった! 愛さん無事やったか! 怪我してへんな?」
「大丈夫! でも美樹の姿が見当たらないの! こっちに来てないよね?」
倉木の言葉に速水は不安を感じた。これはどういう事だ?
田村も同じ様な不安を感じたようだ。
「とにかく他の部屋も確認して回ろう。倉木さんは女性社員の部屋に声を掛けて貰えるかな?」
「分かりました。じゃあ篤さん、また後で!」
「よっしゃ。ほんなら俺は下の階から確認するわ」
三人で手分けして各部屋を周る。
その結果......。
「これはどう言う事なんだ。ほとんどの社員が消えている」
「せやな。速水大丈夫か?」
田村が心配そうに言う。何故なら静香さんが居ないんだ。
今すぐ街へ探しに行きたい。でも不安そうな社員も居る。
それに誰かに攫われたとは思えないのだ。
速水は集まった社員達と話をした。そこで一つの共通点を見つける。
今の状況。その共通点が示す結論は一つ。
それはこの世界に残る事を希望した社員である事。
であるならば、消えた社員は帰還したと考えられる。
「速水君。静香は帰れたのかな」
速水の下へ来たのは、花崎だった。
「花崎さん。聞いて良いかな?」
「うん」「もしかして日本へ帰りたくなかった?」
「......うん」
「どうして? 帰る為に頑張ってたよね?」
「分からない? でも今は話したくない。今それを言うと、静香に顔向け出来なくなる」
寂しそうな顔で言う花崎。
速水はそんな花崎に声を掛ける事が出来なかった。
自身に向けられた好意。それに答える事は出来ないのだ。
自分が愛する1人の女性。静香の顔が頭をよぎる。
速水達は夜が明ける頃、改めて集まる事にした。
◇◇◇
翌日から各社員達が情報集を始めた。
続々と集まる消えた社員の情報。
そこで分かるのは、やはり残留を決めた社員以外が消えていた事だった。
教会も率先して動いていた。速水達の下へ聖女やマリアも心配して駆けつける。
「各国で動揺が大きいです。ですが業務や工事への影響は少ないようですが」
「引継ぎ等は済ませていたみたいですからね。まぁ俺達も突然すぎて驚いているんですが」
開発を急いでいたのだが、しっかりと業務を引き継いでいた社員達。
グ-テモルゲン王国の開発も各国の協力もあり、順調だった。
「それでグランベルクには、俺達の建物が残っているんですね?」
「ええ。ちょうどアルメリア王国に居たので、直ぐに確認が取れました」
やはり建物は残っている様だ。この現象はこれまでと同様。
しかしあまりに突然すぎる。開発もまだ全て終わっていないのに。
「静香ぁああああ。何も言わずに居なくなるなんて寂しいよぉおおお」
「マリアちゃん。いずれこうなる事は分かっていたでしょ」
マリアはここに来てから、速水達の側を離れない。まだ現実が受け入れられないのだ。
聖女達はそんなマリアを何とか宥めようとしている。
速水は少し困った様子で、残った社員リストを見る。
現在、この世界に残っている社員は、15名。
営業・広報部門の速水。販売部門の田村。
経理部門の花咲。総務部門・『J-Style』の倉木・森田。
品質管理部門の岡田。工場部門の草薙・安藤。
食堂の浜岡・岩本。他5名だ。
いずれも残る事を希望していた社員達。しかし速水は納得できなかった。
自分は日本へ帰りたかった。その為に頑張って来た。
だが何故か帰還出来なかったのだ。まだやり残した事があったのか?
『導き手』という速水に与えられた試練。
日本へ帰る為にその試練を乗り越えなければいけない。
「俺は一度、グランベルクへ帰りたいと思います」
「そうやな。ここの事は俺らに任せて大丈夫や。速水は自分の思う通りに動いたらええ」
「私も着いて行くわ」「はやみん。私も行く!」
速水はヒントを見つける為、原点である街へ向かう事を決める。
花崎とマリアは、そんな速水に同行するようだ。
突然消えるように居なくなった社員達。果たして彼らは無事に帰還できたのであろうか?
そして速水は日本へ帰る事が出来るのか?
誰も予想できないタイミングで起こる奇跡。
そして残される社員。果たして消えた社員は無事なのか?
速水は静香と再び会えるのか?
次話、最終話になります。