悲しみ・教え・そして…
急ぎ戻ってきたアスタリカの街
アスタリカの街に到着した速水達は、そのままマ-ルス教支部へ急いだ。
街の人々も馬車に気が付くと進路を開けてくれる。
既に何があったのかは知っているのだろう。
そして到着した速水達を出迎えたのは、社員達だった。
「良く帰って来た」清水部長がそう言って、速水達を案内する。
他の社員達の表情は皆、暗い表情をしていた。
案内された先は教会内。そこに祭壇が設けられ、棺が置かれていた。
「遺体は腐敗を防ぐ為に氷を敷き詰めてある」清水部長は辛そうに言った。
棺を見た静香と千鶴は涙を流しながらも、足を止めず沢田の元へ向かう。
速水と蓮見は無言のまま進んだ。そして四人は沢田の元へたどり着く。
「専務。ただいま帰りました」速水はただそれだけしか言えなかった。
「専務ぅ! 何で! 何でこんな事に!」「専務! どうしてぇええ」
「沢田さん。ただいま戻りました。まだ俺はあなたにお礼が出来ていませんよ」
俺達のそんな嘆きに周囲の社員達から嗚咽が漏れる。
その時、速水達の元に倉木に支えられながら、田村が歩いてきた。
「速水、みんな! 申し訳ない! 俺がもっとしっかりしていたらこんな事には......」
田村は速水達の前で床に頭をぶつける様に頭を下げる。倉木はそんな田村を見ながら言う。
「いえ。篤さんに責任はありません! 私が居たせいで! 私が1人だったらこんな事には!」
田村に並ぶように頭を下げる倉木。そんな二人に声を掛ける社員は居ない。
「倉木さんも田村も頭を上げろよ。お前たちの責任じゃない。こうなる事を想像できなかった皆の責任だよ」
「速水の言う通りだ。専務が亡くなった事に対し、倉木や田村が責任を感じる必要はない。専務は息を引き取る前にお前たち二人を褒めていたよ。自慢の社員だってな」
清水は頭を下げ続ける倉木と田村にそう言った。そこで速水や他の社員も同じことを思った。
あの専務ならそう言うだろうと。本当に最後まで社員想いの素晴らしい人だったと。
「今日は皆で専務の思い出話をしよう。私達がらしく無いと専務が何時まで経っても旅立てない」
そしてその日は社員が集まって、教会内で一夜を過ごす事になった。
皆で色々な話をする内に倉木や田村も落ち着きを取り戻したようだ。
時間が経つに連れて社員が冷静になった頃、清水が皆に話しかける。
「皆聞いてくれ。速水が言ったが、今回の責任は私達にもあると思うんだ。それについて思っている事、考えている事を教えてくれないか?」
これについては皆思うところがあるようで、意見が出始める。
「俺はこの世界に来てから夢を見ている気分でした。速水達が襲われた話を聞いても他人事で、自分に当て嵌めて考えた事が無かった」
「私も同じ。実際に襲われてないから分からなかったわ」「俺もそうだな」
「でも思い出してみれば、会社の建物は警備を雇っていたよな」
「これまでが良い人に恵まれていたんだよ。本来この世界は命の価値が低い」
「私、街で喧嘩を見た事があったわ。暴力が当たり前の様に振るわれていたから怖かった」
「ハーメリック帝国は戦争もしていたんだったよな。本当は身近に危険があったんじゃないか?」
様々な考えや意見が出て来た。速水はそれを聞きながら思う。もっと早くこう言う話をしていればと。
同じ様に考えているのだろう。発言した社員達も後悔している様子だった。
「皆、今考えたり発言した事を忘れないで欲しい。そしてそれを踏まえた上で今後をどうするか? 各自がどう行動するかだ。専務は皆に伝言を残している」
清水は落ち込んだ様子の社員に向けてそう告げる。
そして自身の気持ちを奮い立たせるように言う。
「専務は『前を向く事を諦めるな! 辛くなれば仲間を頼れ! そして皆で乗り越えろ!』そう社員に向けて言ってくれたんだ。周りを見て見ろ。どんなに辛く悲しくても、頭を上げれば仲間の顔が目に入るだろう。1人じゃない。私達は全員でこの困難を乗り越える!」
それを聞いた社員はその言葉を胸に刻む。沢田の顔を想い浮かべながら。
教会の周囲は街の領兵と暗部に警護されているが、やはりまだ恐怖があった。
そんな気持ちを察したのか、マ-ルス教の人間も声を掛ける事が無い。
喋り疲れた社員はその場で寝てしまうが、教会関係者が毛布を用意していた。
そしてそのまま朝を迎えた。
◇◇◇
翌朝、教会関係者が用意してくれた朝食を無理やり取り、沢田の葬儀が行われた。
「この世界では土葬が基本だ。本来なら遺体も日本へ持ち帰りたいのだが」
「清水部長。流石にそれは難しいです。保管できる方法がありません」
社員にしてみても苦渋の判断だった。皆で帰りたい。だがそれにはまだ時間が掛かる。
出来れば火葬し骨を持って帰りたい気持ちはある。でもそうしてしまうと何かを失う気がしたのだ。
この世界に来て初めて社員に犠牲が出た。だがこの世界で亡くなった魂は何処へ行くのだろう?
サヨコ・イトウと言う人物は、亡くなった跡に姿が消えた。何処に行ったのか?
ユキナリ・タオカはこの世界で亡くなった。だが不思議な変化は無かった。
そんな疑問があったのだ。社員一同で話し合った結果、沢田の墓はアスタリカの教会に建てて貰う事になった。
「トモノリ・サワダ様が女神の御許で永遠の安息を得られますように」
司祭のその言葉の後、花で囲まれた沢田の棺の蓋が閉められた。
◇◇◇
葬儀の後、社員はまた一室に集まり、今後を話し合った。
今回の葬儀に間に合わない社員も居た。他国で過す社員だ。
彼らは日本への帰還を望まず、この世界に残る事を望んでいる。
だが沢田の訃報を聞けば、必ずこの街にやって来るだろう。墓をこの地に決めた理由はそれもあった。
「では基本は初めに決めた計画通りで進めよう。そして速水達が出席した会議で決めた学校の件、これには蓮見君達に対応してもらう」
「分かりました。工場部門は現在進行中の整備関係も含めもう一度計画を練り直すぞ! それと工事に関わる人員が足りないな。来栖! 他国の職人も声を掛けてくれ!」
「それじゃあ俺が警備について領主様と暗部の方に相談してきます!」
「わかった。速水任せたぞ」
「後は女性陣集まって! 私達も自分の安全の為に決めごとを作ろうと思うの。いろいろ意見を出し合いましょう」
「中村君。では女性社員は任せるぞ。では残りの社員で販売や研究施設の件を打ち合わせてくれ」
沢田が亡くなった事は悲しい。それに外に出る事も怖い。
でも歩みを止める事は出来ない。だって沢田はそんな事を望んでいないのだから。
社員達は前を向く選択をしたのだ。
そんな社員達を見守ってくれていると信じて―――
沢田 智紀享年62歳。
墓石には『皆の父であり兄でもあった偉大な人』と刻まれる。
偉大な上司であり皆の父、或いは兄であった沢田は社員に前に進む力を与えた。
しかしこの事件はまだ終わっていない......