突然迫る危険
王都へ向かう速水達。その道中は平穏な様だが......
グ-テモルゲン王国の王都へ向かう、速水達の道程はとても順調だ。
考えているよりも道路が整備されているし、先触れのお蔭で優先的に街に入れる事も大きい。
「これ程順調に進むと、馬車の旅も苦になりませんね」
「慎一さん。でもお風呂が無いのがちょっと辛いわ」
「だよねぇ。蓮見さん何とかならないのかしら?」
「おいおい。俺を何だと思ってるんだ? いきなり風呂とか作れないからな?」
「「「ですよね-」」」
道程で不満に思う事は、宿屋の食事とお風呂が無い事だ。ここまでの国の開発でも、風呂は優先的に作って来た。
しかしまだまだ一般の人々が、風呂に入れる環境を整えるには時間が掛かるようだ。
レ-ル工事が進めば環境も整うのだが。
「そろそろ次の街が見えてきますかね」
アスタリカの街を出発して5日。野宿を回避しながらの移動は時間が掛かる。
夜の移動は危険を伴うので、夕刻には街に入るように行動している為だ。速水や蓮見だけなら無理をして日程を縮めるのだが、静香と千鶴が居るので安全第一。
「おっと。この街もお出迎えがありますね」
「あんまり期待されても困るね」
「まぁ領主さんにはお土産あるから良いんじゃない?」
「そうだな。出来るだけ目立たない方が良いと思うんだが、こればかりは仕方ないな」
王都へ向かう為に立ち寄る街には、教会を通じて連絡が入っているのだ。
イノ-マと言う街は、グレコ・ロロ・イノ-マ伯爵が治める王都に次ぐ大きな街だ。
「ようこそイノ-マへ! 領主館までご案内させて頂きます」
速水達は街へ入る手続きを終えた後、衛兵に先導され伯爵の元へ向かう。
馬車の車内から見る街は、夕刻にも関わらず街が活気づいていた。街道にはランプの明かりが煌めく。
「この明るさでも雰囲気は良いですね」
「何か逆に新鮮に感じるわ」「でも夜に出歩くには怖いかも」
「俺の情報では、夜間の外出は届け出がいるようだぞ。治安維持の為らしいが」
「へぇ。まぁ防犯を考えると良いとは思いますけど、何か締め付けも強そうな気がしますね」
そんな話をしながらも馬車は進み、街の北側にある領主館が見えて来る。
速水達が入ったのは南門。この門から北へ向けて、商業区画・工業区画・一般住民区画・貴族区画と分けられている。
「宿舎何かは商業区画にあるんでしたっけ?」
「慎一さん。そうよ。伯爵と会談した後、戻らないといけないわ」
「奇麗な街だけど、こう区切ってると何か怖いわね」
「そうだな。各区画の出入りは、厳重に管理されてるようだ」
速水達を乗せた馬車は、区画ごとにある門を潜り、領主館へ到着した。
重厚な門を抜けた所で馬車は止まる。速水達が馬車を降りると、貴族らしい歓迎を受けた。
「よく参られた! 私がグレコ・ロロ・イノ-マである!」
「初めまして。私、信頼雑貨株式会社の蓮見と申します」「速水です」「速水静香です」「花崎と申します」
「お疲れであろう。さぁ中で暫し休まれよ」
イノ-マ伯爵は笑顔でそう言い、館へ入って行った。速水達は執事に案内され、応接室へ案内される。
応接室は質の良いソファーや調度品が並べられており、伯爵の趣味が垣間見える。
「うわぁ。これはちょっと」
「ちょっと慎一さん!」「速水君、私も同感」
「おいおい。俺も感じるが、声が大きいぞ?」
30分程中で寛いだ速水達。侍女が出してくれた飲み物は、この地方の特産らしい。
コンコン。
「失礼致します。当主様のご準備が整いましたので、ご案内致します」
執事に案内され、伯爵の待つ部屋へ。そこに待っていたのは、伯爵夫人と長女だった。
「良くおいでになりました。私、シンディ・イノ-マでございます」
「伯爵家長女のアウレシカ・イノ-マでございますわ」
「信頼雑貨の蓮見です」「速水です」「その妻、静香です」「花崎です」
「こちらは私共で扱っている品物です」
蓮見からシンディ夫人にお土産を渡す。ガラス製のグラスと時計。そして化粧品や香水だ。
「まぁ♪ この様な高価な物を有難うございます!」
「なんて素敵なグラス! それにこれは何でしょう? 良い匂いがしますわ!」
この世界でガラス製品は、まだまだ高価な物だ。
「この香水は販売しているのかしら?」
「はい。まだアスタリカの店舗が開店しておりませんが、近々販売を開始します」
シンディ夫人は香水が気に入った様だ。静香さんの説明を興味深く聞いている。
「お母様、噂で女性服も販売されていると聞きましたわ」
「ええ。女性服も『J-STyle』という店舗を展開しております。いずれこの街にも出店する計画です」
アウレシカ様は服に興味があるようで、花崎が自身の服を見せながら説明している。
速水と蓮見は楽しそうな女性達を眺めて過ごした。だがこの間、伯爵が現れる事は無かった。
1時間ほどの歓談が終わった後、速水達は伯爵の館を後にする。
伯爵館を出た速水達は、馬車で商業区画へ向かう道中に気になった事を話した。
「結局伯爵は挨拶だけでしたね」
「そうだな。招かれざる客だったかな」
「でも夫人や娘さんは楽しそうだったわ」「うんうん。興味津々だった」
「少し情報収集した方が良いかも知れない」
「宿で声を掛けてみるか」
◇◇◇
商業区画へ戻った速水達は、比較的大きな宿屋へ入った。
何か情報を聞きたかったのだが、思いのほか口が重いようだった。
どうも歓迎されていない雰囲気を感じながらも、食事を済ませる速水達。
出された食事も味気なく、蓮見や静香達は軽く酒を飲み早めに就寝する事に。
速水は温いワインは口に合わず、今日は飲まなかった。
「速水すまん。ちょっと先に寝るわ」
「はい。蓮見さんもお疲れ様です」
速水は王都までの道中、蓮見と2人部屋だ。結婚はしたが、未だ二人の時間は余りない。
何とか寝ようと頑張ってみたが、その日は中々寝付けなかった。
こんな事なら無理して飲んだ方が良かったかも? と考えていた速水だった。
コンコン。夜半も過ぎた頃、部屋のドアがノックされた。
「ん? はい。ちょっと待ってください」
静香かと思った速水だったが、ドアを開けてみると......
「速水様。お静かにお願いします」
「エ、エイシャさん⁈ どうしたんですか⁈」
そこに居たのはハ-メリック帝国でお世話になった暗部のエイシャだった。
「ご報告とご忠告に参りました」
「エイシャさんが来たって事は、何か俺達に危険が?」
「はい。実は......」
そこから聞いた話はゾッとするものだった。この街を治めるいイノ-マ伯爵は、選民意識が強い貴族。
その為、速水達が分け隔てなく教育を施すといった考えに否定的であった。そこで同じ考えの貴族達と結託して、速水達の存在を消そうと動いているらしい。
「先程この宿が囲まれましたが、我々が排除いたしました」
「そ、そうですか。ありがとうございます。それで俺達はどうすれば?」
「速やかに街を出る事をオススメします。夜間でも街外へ出る用意が出来ておりますので」
速水はすぐに蓮見を起こそうとした。だが完全に眠っているのか? 起きる気配がない。
「ワインに眠り薬でも入れられたのでしょう。女性はこちらで運びますので、その男性は速水様にお願いして宜しいですか?」
「はい。わかりました。急いで準備します」
速水は身支度を手早く済ませ、蓮見を背に担いだ。寝ている男性はとても重い。
「ああ。最近運動不足だったかなぁ。めちゃくちゃ重いわ」
何とか馬車まで辿り着き、蓮見を車内へ運び入れた。静香と千鶴は既に運び込まれており、何時でも出発できる。
「あ! 御者の人が居ない!」
「速水様。その者は既にいません。金でも握らされたのでしょう」
「そうなると俺が? できるかなぁ」
「私が教えますよ。さぁお早く!」
御者席にエイシャと並び、馬車は夜の街へ。ランプの明かりが消えかかっており、見通しはかなり悪い。
「全然前が見えないんですけど! エイシャさん、大丈夫ですかね!」
「このまま真っすぐ進んだ後、脇の道へ入ります」
エイシャの誘導で商業区画の中へ進む。すると徐々に周辺の景色が変わる。
賑やかな表通りと違い、路地の中はとても暗く陰湿だ。
「これがこの街の現実です。一歩中へ入ると、貧民街なのですよ」
エイシャは厳しい声でそう言う。それを聞いた速水は、汚い物には蓋をするのだと思った。
しばらく進むと1人の男が立っており、指差された先に壁があった。
そのまま壁沿いへ進むと、一部馬車が通れるほどの空間が空いていた。
「あちらから外へ出ます。所謂裏口です」
エイシャと共に街を出た後は、ひたすらに馬車を走らせた。
暗い夜道の移動だったが、エイシャがいる事で安心して進める。
そして辺りが明るくなってきた頃、次の街が見えて来た。速水は眠たい目を擦りながら懸命に耐えていた。
「お疲れ様です。この辺りで一度馬車を停めましょう。速水様も車内で睡眠をとって下さい。後でお声を掛けますので」
「エイシャさんは良いのですか?」
「私は慣れておりますので。お気遣いありがとうございます」
ハードな夜だった事で、眠れないかと心配した速水。だが身体の疲れと安心で直ぐに眠ってしまう。
次に目が覚めた時、馬車が動いていた。
「おはよう慎一さん。話は聞きました。ごめんなさい」
「速水君。本当にごめんなさい。私達何もできなくて」
「すまん速水。まさかこんな事になっているとは」
「そんなに謝らないでください。エイシャさんのおかげですから」
馬車はエイシャさん達の手配で、新たな御者が動かしているそうだ。
本来なら一泊する予定の街を通り過ぎ、安全な街まで移動する事にしたとの事。
ここ最近平和ボケしていた速水達。
どうやらこの国は一筋縄では行かないようだ―――
この国の裏の顔が見えた。速水達は無事に王都へたどり着けるのか?