俺の私の気持ち
王都へ向け出発する速水達。
社内会議から2日後、速水達は王都へ向け出発した。
グ-テモルゲン王国の街道は、直ぐに工事が着工できるように道路整備が進んでいる。
その為、比較的馬車が走りやすい環境になっていた。
「へぇ。何処の街でも道路整備してるのかな?」
「慎一さん。昨日の会議でも言ってたよ」
「速水。疲れてるんじゃないか? 少し気を張りすぎてるかもな」
「そうそう。1人で頑張っても駄目だよ」
蓮見さんと花崎さんに心配されてる? ふぅ。確かに終わりが近いと思うとなぁ。
「心配かけてすみません。最後の国って考えたら、無駄に力が入ってるかもしれません」
「まぁそれは仕方ないがな。俺も人の事は言えないしな」
工場部門のトップとして職人を管理し、尚且つ新しい物作りをやっている蓮見課長。
速水達から見れば、ス-パ-マンにしか見えない。
「俺は速水とは少し違うんだがな。少し昔話聞いてくれるか?」
「ええ。どんな話が聞けるか楽しみです」
「面白い話では無いぞ? お前たちも知ってる通り、俺は昔経営者だった」
蓮見は信頼雑貨に入社する前、工場を経営していた。だが不況の煽りで経営が難しくなる。
取引先が倒産し、請け負った仕事が赤字になったのだ。蓮見は何とか立て直す為、銀行などにも通ったが駄目だった。
そこに声を掛けたのが、地主の田中商店の社長だった。合併という形で負債の肩代わりをしてくれたのだ。
更には蓮見の工場の職人まで雇入れてくれた。
「その時俺は田中社長に恩義を感じたんだ。この人の為に頑張ろうってな」
その後、田中商店は信頼雑貨に生まれ変わる。田中社長と澤田専務は工場を残し、業務を拡大していった。
蓮見も自社で生産できる体制をいち早く作り、職人達をまとめ上げたんだ。
「だけどな。その道は生きる為の道であって、やりたい事じゃ無かったんだ」
田中商店は元々小売業だった。そこから卸し業へ移って行き、業者へ卸す部品や、工具などを製作する方向で工場を活用した。
「俺には家族が居たから、毎日を頑張る事が出来た。でもな。職人達からの不満も出ていたんだ」
ミリ単位で製品を加工する職人が、既製品を作る事に抵抗を感じていたのだ。
「そんな日々がこの世界に来て変わった。俺達の作る物は評価され、需要は絶えずある」
実は職人の中でも、帰還を拒む人間が増えているらしい。この世界に居れば充実感を味わえる。
それに自身の知識や技術を、活かせる環境が目の前にある。
日本へ戻れば、また1日を惰性で過す生活。
「その気持ちも俺には理解できるんだ。実際俺も大きな工事を体験出来たしな」
ただ蓮見は家族に会いたい。家族を想えば自身の夢などは我慢できる。
「一番不安に思うのは、今の家族がどういう生活を送っているかだ。4年近く留守にしているしな」
「俺もその心配をしていました。静香さんと結婚はしましたが、日本に居る両親はどうしているのか?」
「私も不安だわ。慎一さんとの事、ちゃんと報告したいけど」
「そうね。私は母が病弱だったから、心労で伏せっていないか心配」
「まぁ田中社長がその辺りも、フォロ-してくれていると思うがな」
一番良いのはあの地震の起こった時へ戻る事だ。全てが無かった事になるけどね。
「そう言えば愛や美樹も、戻る事に抵抗を感じているみたい。あの子達も日本では出来ない事に挑戦してきたから」
俺もそれは聞いていた。デザインに興味があった倉木さんは、『J-STyle』と言うブランドを生みだした。
それに服飾関係に興味があった森田さん達は、裁縫工場を作った。
職人は普段制作しない商品を作り、品管の研究者はインクや紙等、様々な物をこの世界に伝えた。
それが日本へ帰れば全て無かった事になる。夢の中で完結出来ないだろう。
「難しいですね。もう普段の生活に戻れないかもしれませんし」
「速水。浜岡さんも残る事に決めたらしいぞ。グランベルクの店で頑張るって言っていた」
「そ、そうですか。もう俺達のお母さんってだけじゃないもんな。あの店、街の住民にも人気あるし」
「あっ! 岩本さんも旅に出るって言ってたわ」
「え?! 本当なの? 静香!」
「なんか皆バラバラになって行ってるな。本来は今、団結しないといけないのに」
俺のつぶやきに静香さんも花崎さんも頷いた。蓮見さんは何かを考えている様だ。
帰還が近いはずなのに、気持ちが離れていくなんて。
少し落ち込んだ雰囲気のまま、馬車は走り続けていた。
◇◇◇
時は戻り速水達が旅立った後、田村と愛は少し喧嘩をしていた。
「愛さん。ほんまに残る気なん?」
「篤さん。だってこのまま帰ったら、何もかも無かった事になるのよ?」
「でもそれは仕方ないと思う。元々俺達がこの世界へ来てなかったら......」
愛は今が楽しい。新しい服のデザインを考えたり、絵本を作ったり。
日本に居る頃、雑誌やネットで見た可愛い服や雑貨。それを自分が作っているのだ。
田村もそれは理解していた。愛が毎日楽しそうにしているんだから。
「篤さんの分からず屋!」 愛は走って出て行った。
田村は追いかけようとしたが、安田に止められる。
「田村君。お互いに頭を冷やして、冷静に話した方が良いよ」
「安田さん。せやな。ちょっと熱くなってたわ」
その姿をじっと見ていた人物がいた。
「これは私の出番じゃないかな-」
「マリアちゃん? 貴女もやることがあるのよ?」
「ええ⁈ エルファお姉ちゃんも手伝ってくれるんでしょ?」
「それが女神ジュノ-の試練なら、お手伝い致しますわ」
果たして今の状態は、女神の意志なのか?
マリアはこの状況にどう対応するのか?
この状況を変化させる必要があるのは確かだった―――
終わりが近づくこのタイミングで、纏まっていたはずの社員が......
今を変える為にマリアは動き出す。