王都へ向かう前に……
贈答品の選定しなきゃね
ライアン男爵の屋敷を訪問した翌日から、公爵に贈る品物と向かう人間の選定が行われていた。ライアン男爵の話では、サダラ-ク公爵は新しい物に目が無いらしい。又、交友関係が広いので、様々な情報を得るのが早い。俺達が元の世界へ帰る方法を調べる為には、是非とも友好関係を築いておきたい相手である。
◇◇◇
選定会議の議長は、沢田専務だ。専務と部長は王都へは行かない。若手に任せたいと本人たちが表明している。
「では、引き続き贈答品の選定を行う。まずはワイングラスのセット。それにステンレス製の食器、ナイフやスプ-ンのセット。他に何か案はないか?」
「グラス関係は良いとして、食器類・ナイフやスプ-ン等は使い方から説明しなければ、喜ばれないかも知れませんよ。この街でもまだ浸透し始めたばかりですし」
「それについては好奇心旺盛なお方らしいので、大丈夫だと判断している。男爵でさえ、その日のうちに使えるようになった。手で食べるのは時間短縮の為であって、暖かい料理が食べられない不満もあるようだしな」
この世界で長らく手づかみの文化があった訳には、概ね二つの原因があったのだ。
貴族の方々の場合は業務が多忙で、少しでも時間を得るために簡単に手早く取れる食事が必要であった為。庶民の人々は、単純に火を維持する事が出来なかった為だ。ガスや電気が無い世界では、火を熾すのも維持するのも大変なんだ。飲めるもの以外は、暖かい食事はとれなかった。と言う事が、これまでの調査で判明している。スプ-ンやホ-クを使う利点は、単純に手が汚れないし暖かい物も食べれると言うだけじゃない。気持ちにゆとりが出来れば、食事の時間が楽しくなるはずなんだ。
案の出ない中、俺はこの世界に来た時から必要性を感じていた物を提案する。
「何も出ないなら壁掛け時計を薦めます。この世界に来て一番不便に感じたのは、正確な時刻がわからない事です。太陽の動きと教会で毎日規則的に鳴らされる鐘の音で、時間を計るのは難しいです。アバウトな時刻では、商談も進みません」
「なるほどな。確かにこの世界の人々は、時間に無頓着な様子だ。時計を文化として根付かせる事は大切だと思う。私は、速水君の提案に賛成だ。他に意見は無いか?」
ここで反対意見は出なかった。因みにこの選定会議に女性社員は出ていない。女性だけで公爵夫人に贈る品物を選定しているのだ。公爵に贈る品物については、大体決まった。
◇◇◇
女性社員だけの選定会議は、総務部で一番の古株社員、大坪 芳美が議長を務めていた。
「では、始めましょう。先日マリアンヌ男爵夫人に贈ったのは、シャンプー・コンデショナー・ソ-プに化粧水だったかしら。もう少しインパクトが欲しいのだけれど」
「はい! 私はハンドクリ-ムを薦めます。貴族の方々は、社交界などに出られます。女性の美は指先からと私は思うのです!」
「倉木さん、えらく気合が入ってますね。ハンドクリ-ムも良い案だと思います。他に案は有りませんか?」
「はい! 食べ物が良いと思います! ここの食べ物美味しすぎます!」
「……マリアさん、何故ここにおられるのでしょう?」
「え? だって皆がここに入って行ったから、何だろうと思って。ダメなの?」
「ちょっとマリア! 何時の間に。まぁ良いわ、とりあえず私の隣においで」
「あ! 静香! 居ないから探してたのよ!」
マリアは、仲の良い静香や愛たちが居ないので暇だったのだ。この子には空気を読むなんて求めてはいけない。
「はい。マリアさんの意見も参考にしますが、他に意見のある方いませんか?」
「はい! 貴族の方に高価な物を渡しても、驚きも少ないと思います。それに私達の会社には、簡単なコスメ商品しかありません。なら携帯用の香水などをセットにしては如何でしょうか?」
「私も花崎の意見に賛成だね。実際何が喜ばれるかわからないよ。それなら、私達の身近でオススメできる物を贈った方が、喜ばれる可能性が高いと思う」
結局、それ以上の案は出なかったわ。侯爵夫人にはお風呂用のセットと携帯コスメ商品を贈る事になった。シスタ-が何か叫んでいたが、聞かなかったことにしましょう。
◇◇◇
公爵と公爵夫人への贈り物が決まったので、全体会議が始まる。王都へ行く人を決めるんだ。引き続き沢田専務が議長を務める。
「では、王都行の人選だが、推薦でも良い。意見を出してくれ」
ここで営業部の高橋課長が手を挙げた。
「私は、営業部の速水と中村を推薦します。既に貴族の方と面識があり、営業職として実力もあるこの二人が相応しいと考えます」
「それならば、販売部から田村と安田を推薦します。物怖じをしない性格と販売力を兼ね備える二人が相応しいと考える」
そう推薦したのは、清水部長だ。各部門長が推薦するなら反対意見が出にくいんだ。この後、総務部が倉木さんを。経理部が花崎さんを推薦した。男女のペアが好ましいとは言われていたのだが、結局推薦のあったメンバ-全員が向かう事になった。何故なら王都で調べ物もある。現状この世界に転移した理由も解っていないので、図書館などで文献を調べたい。男爵が同行する以上時間が取れない可能性もあるので、人員が多い方が都合が良いのだ。これで名刺が出来上がり次第、王都へ出発する事になる。
さぁ王都への道。何もなければ良いのですが。