この世界へ残すもの
ある日の事。
ファインブル王国の開発が進む中、アルメリア王国の王城にその二人は居た。
専務の沢田と販売部の部長を務める清水だ。
その二人の前には、アルメリア王国宰相であるブラウン・スチュワ-トが座っていた。
「お時間をお取りして申し訳ございません」
「いやいや頭をお上げになって下さい。我が国の恩人である方々に頭を下げられるのは......」
アルメリア王国にとって信頼雑貨の社員は『幸運の君』である。突如現れたその人物たちによって、この国の経済は発展した。
それは国としてだけでなく、国民にも大きな変化を与えたのだ。新たな習慣や技術、そして新たな職をも生みだした。
多くの国民も信頼雑貨の社員達に感謝し、彼らを守ろうとしている。尤も一部の貴族達には、未だ選民意識が邪魔をして受け入れられない事柄もあるのだが。
「それで本日はどの様な用件なのだろうか?」
「実は今後の話なのですが。私共の会社の建物や機械などの事です」
「と言うと? まさか何処かへ引っ越すおつもりか?!」
「いえいえ。そう言った話ではございません。宰相もご存知かと思いますが、我々は元の世界へ帰るつもりです。ですが果たして会社の建物も戻るのか? それに疑問を感じておりましてね」
「うむ。メルボンヌやハ-メリック帝国では残っているな。確かにその懸念は理解できる」
「それに加えて現在はグランベルクの住民も、うちで働いて頂いてます。万が一、その状態で元の世界へ戻るとなると......」
沢田と清水が今回訪問した理由は大きく二つある。1つは建物や機械などがそのまま残される可能性が高い事。もう1つはこの世界の住民が、日本へ召喚されてしまう可能性だ。
以前この世界に召喚された人物について詳しくわかったのは、メルボンヌへ召喚された伊藤小夜子さん。彼女の死後、その家屋は未だに残っている。その死に際に不思議な情報はあったのだが。
そしてもう1人。ハ-メリック帝国に召喚されたタオカ・ユキナリ氏。彼の場合もその住居は未だに残っている。家の中の物品もそのままだ。
念のためにそれ以前の転移者の情報も改めて調べたが、残念ながら住居などの情報は得られなかった。
「ふむふむ。ではグランベルクの建物や機械をどうされるおつもりなのだ? 出来ればこの国に」
「ええ。建物についてはそのまま残る前提で、男爵とも話を進めています。機械などはこの世界で作れるような資料を作成する指示も出しました」
「そ、そうか。あなた達は技術の開示を積極的に行っておるものな」
「世界の発展を想えば私共は隠すつもりはございません。ただその技術やそれによる革新は、未来の話とも考えています」
「まぁお互いに歳はとりたくないがな。ただこの国もこの世界も未来は明るいと思う」
沢田とブラウンは少し寂しそうにそう言った。年齢的にそう大差ない二人だが、平均寿命は全く違うのだ。この世界で70代ならかなり高齢になる。
沢田は現在62歳。清水は57歳。ブラウンは55歳。もう彼らがこの世界に来て4年が過ぎているのだ。
「ただうちの抱える問題はそれだけではないのです。一部の社員から、この世界に残りたいと言う者も出て来ておりまして」
「我々としては喜ばしい事だが、その場合はこの国に住んで貰えるのだろうか?」
「私達が報告を受けている人物に関してはお願いすると思います。まぁそれも本人の意志で残れるならなのですが」
信頼雑貨の社員の多くはこの国で活動して来た。それなりに仲良くなり、男女の関係になっている者もいる。そういった社員が残りたいという気持ちも理解は出来るのだ。
しかし未だ帰れると言う保証が無い。それにどの様な形で帰還できるのか? 来た時の様に前触れがあるのか? それさえも分からない。
ならばどの様な形でも社員を守りたいと考えるのが、沢田や清水という男。
「私の個人的な意見で言えば、速水殿は残って頂きたいんですがなぁ」
「ははは。あいつは残らないと思いますよ。もう所帯を持ちましたし」
速水に関わらず信頼雑貨の社員に向けて、各国からのアプロ-チはある。その全てを未然に防いでいるのは目の前のスチュワ-トなのだ。
そのスチュワ-トから見ても、速水の価値は計り知れない。本人が聞けば買い被りですと言うだろうが。
「お話は分かりました。どの様な形であれ、我々があなた達をお守りします」
「宜しくお願いします。その時まで我々は出来ることを致しますので」
こうして宰相との話を追えた二人。もう一つの懸念であるこの世界の人が転移するかも? と言う点については今の所防ぐ手段もない。
二人は帰りの列車でその対応策を話し合っていた。
「今すぐの話でないにせよ、建物内の仕事を外すべきでは?」
「それが出来れば一番良いが、現実的に難しいだろうな。それを考えるなら新たな建物を建てる必要も出て来る」
「ですよねぇ。流石にそれは難しいですから、揺れが起きたら社外へ避難と言う形が一番ですかね」
「だな。幸いこの世界は地震を怖がる人が大半だ。避難訓練として直ぐに社外へ移動する練習はするべきだろうな」
今現在、信頼雑貨の社屋で働くこの国の住人は30名近い。この人数には工場で働く人数は入っていない。
これには各国で活動する社員が増えた事が原因だ。速水達が他国で活動する分の人員補充を行って来たのだから。
勿論、沢田達も何も考えずに雇ったわけではない。建物が残った後も彼らが使用できるように考えた結果なのだから。
「建物も戻って欲しいのだが、その場合どうなるんでしょうね?」
「ん? ああ。今現在の会社の敷地がどうなっているか分からないよな」
清水の懸念は建物がごっそり無くなったのだが、まだ更地なのかは分からない。もしかしたら新しい建物が建っている可能性だってあるのだ。
沢田もその可能性はゼロとは言えないと思っていた。社長である田中の事は信頼している。だが居なくなったのが社員だけでなく、建物ごとなのだ。
無くなった後、騒ぎなどもあっただろう。だが既に4年が過ぎてしまっている。
あの土地の固定資産税も払わなければいけないのだ。会社が無い状態でそれを維持できているのか?
そこに不安が無いと言えば嘘になる。止む追えず売却されていたとしても文句は言えないのだ。
そんな不安とこれからの事を考えながら、二人はグランベルクへ帰るのだった―――
前線の速水達も知らない所で、幹部社員達も色々と手を尽くしていた。
帰れると言う希望がある今、その後の事も考える必要はあるだろう。
突然消えても生活できるように......