寒い街で出会う物
俺の提案から数日。俺達はある街へ移動した。
メロ-宰相と話をしてから数日後、俺と中村さん、そしてマリアさんと岩さんでファインブル王国北部の街へ来ていた。
「岩さん。あれが例の場所ですって」
ここはファインブル王国ルシャの街。一年中気温が低く寒暖差の低い地域だ。その為際立った特産品も無く、街の人々はどこか暗い雰囲気なんだ。
「速水君。ところで例の場所って何の事?」
「静香さん。この地域はとても寒くて、飲み水さえ放っておけば凍ってしまうんです。でもね。良質の湧水があるって話なんですよ」
俺が調べた所、ルシャの街の水源は3か所。その内の1つにある特徴があったんだ。
その特徴と言うのが、岩塩の層から湧き出た水。俺の記憶では良質の氷は塩水で冷やしたものだったはずなんだ。それを確かめる為に、舌の確かな岩さんに同行をお願いしたんだよ。
「街の人はとても美味しいって言ってますから、少なくとも飲み水としては問題ないはずです」
「しかし速水。よくそんなこと知ってたな」
「それがですねぇ。俺の祖父母が住んでいる地域で、氷屋さんがあって。小さい時に食べさせてもらったかき氷の味が忘れられなかったんですよ」
岩さんは少し感心した様にな顔をした後、凍った氷を砕き始めた。見た所とても澄んでいて、透明度抜群だ。
ガツガツガツ
小気味いい音を立てながら岩さんは氷を砕いていく。そしておもむろに口に入れた。
「......こっ、これは⁈ 上手い」
「どうですか? 使えそうですかね?」
「お前これは使えるなんてもんじゃねぇよ! 俺もここまでの氷は扱った事が無い」
そこで俺達もちょっと食べさせてもらったんだ。どう表現すれば良いんだろうか。ただの氷なのに甘みも感じる。これは旨い!
水の成分は分からないが、良質の水で作った氷はとても美味しい事が分かった。後はこれをどのようにして売り出すのか?
この地域なら流通させる事は可能だろう。だが寒い地域で氷の重要は見込めない。例え素晴らしい氷であってもだ。
「岩さん、どうしたら良いでしょうか? このまま持ち出しても溶けてしまいますよね? 会社の保冷バックぐらいでは量も持ち出せないですし」
「ん? それなら水を持ち出して同じ条件で冷やせば良いだろう。ここの岩塩を使ってうちで冷やせば、天然には及ばないがそれなりの物が出来るはずだ」
ああそうか。そのまま持ち出そうとするから無理なんだな。最初はこちらで手段を整えて、交通機関や保冷技術が発展したら特産品として売り出せば良いのか。
ここから氷を持ち出すという固定観念に囚われ過ぎていた。
氷の味を確認した後、俺達はこの街の領主に挨拶に向かった。是非俺達にこの街の水と氷の味を広めさせて欲しい。
◇◇◇
領主館は街の中心部にあり、この街では一番大きな建物だ。俺達は迷う事もなく到着した。
応接室に通された俺達の前に、痩せた男性と女性がやって来た。
「お初にお目にかかる。私はこの街の領主でノマル・ルシャと言います。隣は私の妻のルシャ-ナです」
「初めまして。信頼雑貨の速水と申します」「同じく岩本です」「中村静香です」
「ジュノ-教教皇のマリアだよ! よろしくね!」
俺達の事はこの国でも以前から噂になっていたらしい。そしてマリアさんも今は注目の的だ。
「何もない街ですが、ゆっくりして頂ければ」
「ルシャ様、それなんですが私共からご提案がございまして」
挨拶を済ませた後、本題に入る。何故この街に来たのか。そして俺達がある提案を持って来た事を。
それを聞いたルシャ様とルシャ-ナ様はとても驚いていた。まさかこの街の湧水からそんな話が出てるとは思わなかったようだ。
「そ、そんな事が可能なのでしょうか? 私共もこれまで何とかこの街を盛り上げようとしてきました。ですが見て分かるように、街の人々は疲弊しています」
「はい。微々たるものですが、この街の発展に協力できればと考えています。氷の他にもご提案があるのですが......」
「ぜ、是非お願いします! 私は領主として街の住民に責任があります。私は住民の笑顔が見たいのです!」
実際、この様な地域を盛り上げるのは大変だっただろう。物の流通がままならないし、日々食べる事も想像が出来ない苦労があったはずだ。
作物が限られ物の動きが限定されれば、収入源を得る事が難しい。ファインブル王国もただ手をこまねいた訳では無いんだろうけど、難しかったんだろうね。
一般的に寒冷地で作られる作物は、麦類・大豆・ジャガイモなどが知られている。果物ならリンゴやサクランボだろうか。野菜は白菜なんて日本ではあったよね。
俺達はこの街の特産品として先ずは良質の水。それを使った氷。そして岩塩を提案し、流通する上で俺達の商会と契約して貰う事にした。
この契約も参加したい商会があれば、ルシャ様の采配で自由にしてもらう。俺達は日本へ帰る事を目標としているので、独占的に商売をするつもりは無い。
「水や氷の事は今申し上げた様に、うちの流通網を利用します。将来的に電車が来るようになれば、私共に頼らなくても産業として成り立ちますからね」
「そうか。噂の列車と言う物もこちらまで繋がるのですね。それならば作物も期待できる」
「ええ。作物に関しても岩本のほうからご提案がございます」
「提案ですか? どう言った物なのでしょうか?」
「実はこの作物を育てて欲しいんです」
俺は持って来た袋からある物を出した。見た目は粒粒の種のような物だ。
それを手に取ったルシャ様は、それが何なのか分からない様子だった。俺も料理が得意では無いので、その物を見ただけでは分からなかったんだけど。
「えっと......これは何なのでしょうか? 見た事のない物です。何かの種子でしょうけど」
「はい。これはそばの実です。実際にどのように使うのかは、今晩の夕食でお見せしましょう」
岩さんは領主館で料理をする気満々だった。そして歓迎の晩餐でそばが出てきましたよ!
岩さんはそばと一緒に天ぷらを用意していた。この地域で取れる川魚とふきのとうに似ている植物だ。
「どうですか? 初めてたべるそばの味は」
「こ、これは不思議な触感ですね! このつゆと言う物もコクがあって美味しいです。それと天ぷらも!」
「本当にこれは美味しいわ! つるッとした触感が癖になりそう。食べなれている魚もなぜこんなに美味しいのかしら!」
領主夫妻も大満足の夕食だった。岩さんは料理人に作り方を伝授していたよ。異国の料理人が打つそばなんて、話題性もたっぷりだよね。
それからしばらくして売り出される水と氷が、ファインブル国内で騒ぎになるんだけど。
その話はまた機会があれば話をしよう。そしてルシャの街の名物が、そばと天ぷらになったんだよ。
ファインブル国内で進む開発の中で、素敵なエピソ-ドの1つなんだ。
◇◇◇
そしてファインブルの夏。夏には絶対必要なあれだ!
「はいはい。並んでね。味の種類は何にする?」
「はいはい! イチゴミルクでお願いします!」
「俺はレモンで!」 「私は練乳が!」
ファインブル王国の夏には、こんな会話がされていた。夏と言ったらかき氷でしょ!!
美味しく透明度の高い氷は、冷蔵庫などでは難しい。冷蔵庫は急激に冷えるからどうしても中に結晶が出来やすいんだよ。
氷屋さんなどが作る氷は、じっくり時間をかけて冷やしている為溶けにくい特徴もあるよね。