それは唐突に訪れた
変な噂は一体誰の仕業なんだろう?
田村から新たな噂を聞いた翌日も俺は普段通り組合支部に出勤した。
この世界に来て直接的な悪意にさらされた事はほぼ無い。
それ程俺達のような存在は、この世界の人々にとって好意的に受け取られていたんだと思う。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「「「「速水さん、おはようございます」」」」
元気な挨拶は一日の始まりには必要だと思う。俺は気合を入れて業務を行っていた。
俺はこの国に来てから様々な情報を集め、この国や他国との流通を調べていた。他国で行って来たノウハウも非常に役立っている。
既に俺達の商品もこの国に流通が始まっているし、他国からの品物もこれまで以上に取り扱っている。
開発が順調に進めば、この国中に流通網も広がって行く事だろう。
気になって居た噂もそれ以上聞く事は無く、この日も無事に業務を終えた。
◇◇◇
いつもの様に宿屋へ帰る道中、俺は不意に視線を感じた。普段は気に留める事も無いんだけど、この日は何故か気になった。
俺達の存在はこの街では見慣れたものになって来ているはずだが、新たにこの国を訪れる人にはたまに声を掛けられたりするんだよ。
しかし今日はそんな視線じゃない気がしたんだ。どちらかと言うと観察されてるみたいな?
俺は視線を感じた方を見た。するとそこには男性が居た。すれ違ったぐらいでは記憶に残らない程、特徴のない男性。
ここで俺はあのメモを思い出す。金髪で身長が俺と変わりない。俺は意を決しその男性に話しかける事にした。
「あの失礼ですが、ファウスタ-様ではございませんか?」
その男性は俺の問いかけに笑顔になった。どうやら合っているらしい。
しかし笑顔ではあるのだが、返答が無い。あれ? 違ったんだろうか?
⁈ その時俺の側にエイシャさんが立っていた。
「え?! エイシャさん⁈」
「速水様、お下がりください」
エイシャさんはそう言うと、俺の前に移動する。何だ? どうしたんだ?
俺は慌てながらもう一度男性を見た。すると男性は笑顔から恐ろしい表情に変わっていた。
そして何も言わず雑踏に消えて行ったんだ。
「エ、エイシャさん? どう言う事なんでしょうか?」
「あれは私共と同じ影の存在です。危うく速水様を危険に晒すところでした」
ちょっと待て! という事はあの男性は暗殺者か何かって事?!
「速水様。暫くの間、外出は控えて貰えませんか? ああいった輩が出て来たら私共もお守りできる保証がありません」
「エイシャさん。分かりました。ですが俺だけで良いんですか? 他の社員も危険なんじゃ?」
「我々の情報では速水様が標的です。勿論、他の方々も我々がお守りいたしますが」
「そ、そうですか。念の為、他の仲間にも注意を促した方が良いですよね?」
「いえ、逆に変な方向へ悪意が向かう場合がございます。ここは私共を信じて、速水様で留めて貰えませんか?」
俺はその後、エイシャさんと共に宿屋へ帰った。一緒に居るはずのエイシャさんは、どういった手品か周りの視線を受けていない。
宿屋の人も俺に挨拶はするのだが、エイシャさんは居ない人の様になっていたよ。
これがこの人達の凄い所なんだと改めて関心したよ。でもそのエイシャさん達と同じ存在って......
◇◇◇
俺は悩んだ挙句、エイシャさんに言われたように誰にもこの話はしなかった。仲間の事を思うと、話したことで周りを巻き込みたくなかったからだ。
「しかし俺が狙われるってなぁ。一体何が目的なんだろう?」
俺は部屋で1人考えていた。狙われる原因は色々とある。俺が異世界人である事や導き手として有名になりつつある事、各国の聖女と関りがある事、マリアさんと仲が良い事、そしてあの事件の関係者である事。
しかしそう考えても命を狙われる原因になるんだろうか? 俺を殺したって知識は手に入らないし、黙って居てもこれから多くの知識や情報は開示される。聖女と知り合いって言っても女神絡みだし。マリアさんはその中でお互いが必要だしなぁ。
この中ではやはりあの事件になるよな。あの事件の関係者は処刑された人が多くいる。その関係者から見たら、俺の責任と思われていても仕方ない。
俺自身、あの手記をロザヴィア様に渡したことを後悔はしないけどな。俺と同じ世界の人間が亡くなったんだ。その原因となった人たちも無関係じゃないだろ? 処刑云々は俺も納得している訳では無いけど。
それから数日、体調不良を理由に外出を辞めた。静香さん達にも心配をかけてしまったが、風邪と言う事にしたよ。
◇◇◇
事態が動いたのは、俺が宿屋にこもってから5日後だった。
その日の朝、宿屋にエイシャさんが現れたんだ。
「速水様。ご報告がございます。少し私と領主館の方へご同行お願いします」
「分かりました。領主館ですか?」
エイシャさんが詳しい話は着いてからと言うので、そのまま準備して領主館へ向かった。
そして領主館へ到着し、応接室へ通された。
「やぁ速水殿、暫くぶりですな」
「メ、メロ-宰相殿、お久しぶりです」
そこに入って来たのはメロ-宰相、その後に領主のクレイトン男爵、そしてミーガン様だった。
俺は入って来た人物を見て困惑していた。なんで宰相様と領主様まで? それにミーガン様まで?
「驚いている様だな。頭のいいお主なら想像できるのでは無いか?」
「えっと、メロ-殿やクレイトン男爵まで来られてるって事は、国がらみの事でしょうか?」
「あはは。君はやはり回転が速いねぇ。今回は私達の国の人間が迷惑をかけた」
ミーガン様がそう言って頭を下げる。同じくメロ-宰相とクレイトン男爵まで頭を下げられたんだよ。
俺は慌てて頭を上げてもらった。どう言う事か分からないが、目上の人に頭を下げられたら困る!
「本来なら速水殿以外の方々にも頭を下げないといけないんだ」
メロ-宰相はそう言いながら、俺を呼んだ訳を話してくれた。
ここ最近の噂の出どころは、この国のロブソン・シュタイヤ-と言う伯爵が関わっていた。
その伯爵は例のファウスタ-と親戚関係にあり、その処罰の原因となった俺達を憎んでいた。
それだけならまだ理解できたのだが、伯爵はあの火薬を使った爆弾の情報を探って居たらしい。
火薬の情報はその書類事処分されているのだが、後から出て来た手記が問題だった。
タオカ氏直筆の手記である事から、そこに火薬の情報が書かれてあると考えたんだ。中身を知っている俺は書いてない事は知っている。あれはタオカ氏の心の葛藤だ。それにファウスタ-の事も彼らが企んでいた内容だしな。
「それで何故俺が狙われたんでしょうか? 話の内容から俺個人が狙われるって納得できないんですが?」
「それはなぁ、お主がタオカを看取ったのだろう? その時に情報を聞き出していると思ったようだ」
何だよそれ? あの時は同郷の人間が苦しんでいたんだよ? そりゃあ必死だよ。
「今回はお主が狙われた事もあって、国としても動いたのだ。内部の情報を取るのに時間が掛かってしまったがな」
「そ、そうですか。それでここに呼ばれたって事は、もう大丈夫という事ですか?」
「ああ。シュタイヤ-伯爵並びにその関係者、そして雇っていた暗殺者の組織も壊滅させた」
元々、ミーガン様の方でも調べていたらしいが、その情報を元に国とロザヴィア様の暗部が協力してくれたらしい。
でも俺が一番驚いた事は別にあった。それは流通管理組合支部に伯爵の手の者がいたんだよ。
その人物って言うのが、いつも笑顔で対応してくれたあの女性だ。
それであの噂なんだけど、噂を流していたのも女性職員。その理由は俺を仲間達から孤立させる為だったと言うのだ。
しかし思ったような効果が見られなかった為、俺が1人になるタイミングを狙ったらしい。
もしあの時エイシャさんが居なければ、俺はさらわれて監禁されていたかも知れない。そうなればどうなるかは、想像したくない。
こうして俺に関する影の存在も分かり、脅威も去った。やはり違う世界であり、日本の様に安全ではない事を改めて認識したよ。
この後、宿に帰り皆が戻って来るのを待った。終わった事ではあるが、今後も無いとは言い切れない。
ちょっと怒られるかも知れないけど、ちゃんと報告はしないとなとぁ―――
一応の結果を見た今回の騒動。人の感情や考えは理解できない事も多い。
次話からは開発の話。