にじり寄る悪意
俺はその名前からあの事件を思い出していた。
俺は『ファウスタ-』と言う名前に覚えがある。それはタオカ氏に関わる事だ。あの事件で帝国内部が調べられ、不正を行っていた人物が大勢処罰された。
その中でタオカ氏の暗殺に関わったとされるのが、コロイド・ファウスタ-という貴族だった。
かなりの巧妙さで中々尻尾を掴めなかったとロザヴィア様が言っていたんだ。その貴族は新皇帝を決める選挙にも出馬していたんだよね。
その影響力は大きく、新皇帝の有力候補にもなっていたんだ。その彼が捕まった原因は、俺達が見つけたタオカ氏の手記。
そう考えると俺自身が恨まれている可能性が高かった。しかしあの事件でファウスタ-と関わっていた人間は、全て洗い出されていたはずなんだけどなぁ。
「速水さん。どうかされましたか?」
「え? 少し考え事をしていました。この訪ねて来た人物はどんな人でしたか?」
「えっとメモの方ですかね? とても感じのいい男性でしたよ」
もう少し詳しく教えて欲しいとお願いして、職員の女性に聞いたんだが。金髪で身長が俺と同じぐらい。顔の印象は普通。女性も思い出そうとしているんだけど、何故か特徴が思い浮かばないんだ。
俺はとりあえずその話を終わりにした。念の為その商会について調べて貰ったんだけど、ファインブル王国内にその名前の商会は無かった。
これも珍しい事でも無いんだ。他国からこの国に来ている商会も多くある。俺は職員にもう一度訪ねてきたら、直ぐに連絡を貰えるようにお願いした。
◇◇◇
その日から3日が経過したが、俺の近辺には何も起こっていない。暗部の方も周辺を警護してくれているので、相手が警戒しているのかもしれない。
その日もいつもの様に組合に顔を出したんだが、あのメモを渡してくれた職員に声を掛けられた。
「速水さん。ちょっとよろしいですか?」
「はい。何でしょう?」
「少し申し上げにくいんですが、変な噂が広まってまして」
変な噂? 一体何の話だろう? その場では話しにくいと言うので応接室に移動した。
「実はその噂って速水さんの事なんです」
「俺ですか? どんな噂何でしょう?」
「えっとそれがですね......」
その噂は俺達が知っている技術をこの国に公開していないと言う内容だった。しかもそれを止めているのが俺だと言う話だ。
実際の話、俺が技術の公開を止めているなんてありえない。どちらかと言うと率先して開示していると思う。
「私達は速水さんがそんな事する訳ないと思っています。最初は笑い飛ばしていたんですが、ここ数日その件の問い合わせが多くて」
「そうですか。俺としては気分の良い話ではありません。ですが誓ってそんな事はあり得ませんので」
少し気にはなったが、俺も営業職として頑張って来た。その経験の中で技術や情報がとても重要な事は分かっている。だからある程度は有名税何だと思う事にしたんだ。
少しでも商売をしていると、売り上げを伸ばすために優益な情報は欲しい。技術を独占していると恨まれる事もあるだろうし。
「もしそう言う話を聞きに来た人が居れば、俺に声を掛けて下さい。俺が対応しますので」
「分かりました。他の職員にも申し伝えておきますね」
確かに俺達しか知らない技術や情報はある。だけどその知識や技術は今まで開発を行った国々に提供して来たんだ。
だけどその大半は工場部門や品質管理部門の人達の功績だ。決して俺はその功績を俺の物にした事は無い。
同じ会社だから誇っているのは、確かだけどね。ほんとあの人達はある意味チ-トだし。
この日、仕事が終わるまでその件の問い合わせは無かった。何だろう? いつも俺が居ない間に起こっている気がするなぁ。
◇◇◇
仕事を終え宿屋へ帰ると、田村に呼び出された。
「速水、お前噂の事知ってるか?」
「噂? ああ、何か俺が情報開示を止めているって話か?」
「え? そんな噂あるんかいな? そんなん聞いた事無かったわ」
あれ? 違うんだ? じゃあ噂ってなんだ?
「あれ? 違うのか?」
「ちゃうちゃう。噂は速水の事やけど。俺の聞いた噂って言うのは......」
田村が言う噂って言うのは、俺が色々な女性を侍らしているって噂だった。あはは。何だよそれ? 俺は静香さん一筋だってのに!
噂の出どころは分からないが、一部の職人さんたちが聞いてきたらしいんだよ。
「まぁ俺は速水の事知ってるし、中村さんと上手い事言ってるんも分かってるけどな」
「確かに綺麗な女性の知り合い沢山いるけどさ。誓って静香さんを裏切る事はしないよ」
しかし何でだ? 好意的な噂って無いのかも知れないけど、ちょっと悪意を感じる。それに何で俺が目の敵にされてるんだ?
「でもおかしな話やな。速水の言うその噂もありえへんやろ? なんか恨まれとるん違うか?」
「俺もそれを考えてたんだよなぁ。直接的に聞いてないから反論も出来ないし」
うちの社員もそんな噂で俺を見る事は無いだろう。無いよね? ちょっと不安になって来た!
「あれ? 速水君お帰りなさい」
「静香さん。お疲れ様です」
俺の女神がやって来た! 今日も綺麗ですよ静香さん!
「ほな俺は退散しまっさ!」
「え? そうか。またな!」
田村にしては気が利くじゃないか! 久しぶりに二人の時間が持てそうだ。
「なんか田村君に気を使われっちゃたかな」
「あはは。俺としては嬉しいですけどね。あまり二人っきりの時間が取れないし」
そう言う俺の顔を上目遣いで見て来る静香さん。もう抱きしめて良いだろうか? 良いよね?
「もうっ! 恥ずかしいよ! 私も嬉しいけど」
「えっとギュッとして良いですか?」
何て言いながら照れながら抱きしめちゃった。えへへ。実は未だに恥ずかしいけど。
静香さんも照れながら受け入れてくれた。こう言う恋人っぽいの出来ないんだよね。
既に社員達にも俺達の関係はバレてるけど、やっぱり社内恋愛だから色々と気を使うんだ。
「ねぇ速水君。噂って聞いた?」
俺の耳元で静香さんが囁いた。やっぱり静香さんも聞いてたか......。
「さっき田村に聞きました。そんな事ありえませんけどね」
「私は信じてるよ。でもあまり良い気分にはならないけど」
「俺は静香さんしか見てないです。もっと独占したいですし」
「速水君......」
おっとこの感じは熱いキスじゃね? 良いよね? 恋人同士だし!
ガタッ!
......おいっ! どうして君達は何時も邪魔するんだい? 今まで気が付かない俺達もどうかと思うけどさ! 全然隠れられて無いから!
いつもの様に興味津々な社員達が、思いっきり見てました! ええ流石にみんなの前でキスとか出来ませんよ! ちきしょうめ!
真っ赤な顔で下を向く静香さんは可愛い。だが俺はこっぱずかしいわ!
「はぁ。どうして君達は邪魔するんだ!」
俺は恥ずかしさをごまかすように、皆を追いかけて行った。ええ、半分本気だよ!
そしてこの日も変な噂が広まっていた事も忘れ、眠りについた。
しかし翌日、再び俺は頭を悩ませることになったんだ―――
直接的に被害は無いが、人の噂って変に広がると怖い。
少し能天気な俺だが、噂って消せないからなぁ。
そんな俺の身に......