皇帝選挙始まる
あの会合から三週間.....
6ヶ国が集まった会合から3ヶ月。蒸気機関車はアルメリアからスレイブ、サリファス両国へ運行を開始した。それに伴いハ-メリック帝国への資材運搬も加速度的に早くなり、現在施行中の工事も計画より進んでいた。
「やっぱり物の動きが全然違うなぁ」
俺はその状況を肌で感じていた。実際に帝都までレ-ル工事は終わっており、サリファスからの物資も数多く到着しているんだ。
とは言えハ-メリック国内に列車が走るには、まだ暫くかかる見込みだが。
「速水殿、今日お呼びいたしましたのは、皇帝選挙の件でございます」
そう言うのは、今回の選挙を管理する、マファド・ルノ-さん。男爵位を持っている貴族だ。この国に来てから帝城へ度々呼ばれるんだが......
「選挙自体に協力は出来ませんよ? どの陣営の応援も出来ませんので」
「いえいえそれは分かっております。この選挙は公正を期す所存です」
「それが分かっておられるなら、何故私の協力が?」
「恥ずかしい話、この国で初の試みでありますので。とても不安なのです」
確かにこの世界でも初めての試みだろうね。王制なら基本的に王位継承権を持たないと王様に慣れないし。この帝国でもそれは同じだったはずなんだ。実際は違ったみたいだけど。
ルノ-男爵は半ば押し付けられる形で、選挙を仕切る事になったらしい。彼は派閥にも属さない弱小貴族と言う認識なんだってさ。
「それで候補者はすでに立候補されてるんですか?」
「はい。現在5名が皇帝選挙へ出馬しております。一番優勢だったファウスタ-侯爵が例の事件で居なくなり、どの候補者にもチャンスがありますね」
コロイド・ファウスタ-侯爵は、タオカさん暗殺とその他の悪事により拘束された。その後の調べで多くの犯罪が明らかになり、本人の処刑と一族の排爵が決定している。
「話を聞くところ、第二王子であったジュリアス様も立候補されたとか」
「ええ。旧ロンダ-クの民が彼を推したようです。お名前もジュリアス・ロンダ-クとしてお出になっております」
第二王子の人柄はよく知っているので、皇帝になれば善政を敷くだろう。まぁ選挙だから当選すればの話だけど。
「選挙運動について規定は設けましたか? 支援者を買収する様なら票が偏りそうですが?」
「やはり派閥が存在致しますので、その全てを取り締まるのは中々難しいのです。とは言え、その派閥もかなりの数が摘発されていますが」
あのクーデタ-の最中、ロザヴィア様達は悪事を働いていた貴族に対しても動いていたんだ。話に聞く限りかなりえげつない事をやっていたので、処罰されても仕方ないだろう。
因みに今回立候補をした人物は下記になる。
①ジュリアス・ロンダ-ク(爵位は公爵と言う扱いになる)
②パリス・リンデラ(伯爵)
③ロイヤ-・バニッシュ(侯爵)
④ネイロイ・ハ-モニック(元第三王子)
⑤メリア・ポ-トマン(伯爵)
立候補者の中で注目されているのは、リンデラ伯爵とジュリアスさんだ。それに紅一点のポ-トマン伯爵。伯爵二人も旧国の民から信望が厚いようだしね。
選挙の活動期間は約1ヶ月。この間に地元を含め各領地へ演説に回ったりする。現代の選挙と似た様な物だな。
この際に選挙に参加する民に対し、金銭授受は即候補者から外される。各候補者には選挙管理委員会から専属の担当が付きチェックするらしい。テレビなどが無いこの世界で、国民に認知される活動って難しいだろうな。新聞のような物もないし、瓦版も読めない国民が多いしね。
「ルノ-男爵殿、聞いた限りでは私がお手伝いする事も無いのでは?」
選挙のやり方については、参考程度に話はしたんだ。それ以上はルノ-男爵含む、選挙管理委員会が判断すれば良いのに。
「あはは。私を含む管理委員は不安でたまらないんです」
「初めての試みですからね。不備はどうしても出て来ると思いますよ? まぁ無いと思いますけど、同数の投票があった場合どうするんですか?」
「その場合は7日間空けて、再度決選投票を行います。無いとは思いますが」
へぇ。ちゃんと考えてるんだ。ただ一番時間が掛かるのは集計だろうなぁ。最終的な発表までに何日か余裕を見ないと無理だろうね。
「そうですか。そこまで考えてあるなら、後は票の集計だけですね。そこが一番重要で時間が掛かると思いますので」
「それなんですが、今回の選挙には各候補者に色分けを行い、札での投票の形をとります。その数の計算等で良いお考えはございませんか?」
来栖さん達が何か作っていると思ったら、選挙用の札だったのか! それなら多分数える時の為に何か考えてるんじゃないかな?
「それってうちに依頼しましたよね? 色違いの札を作るように」
「あ、はい。来栖殿にお願いしました。木材で作って頂けると聞いておりますが」
「それなら後で来栖に確認しておきます。返事は早いうちに出来ると思います」
この呼び出しの後、来栖さんに確認した。最終的な立候補者が決まったら色を塗るらしく、本体は製造を開始していたよ。勿論、集計も簡単にできるように考えてあった。
投票札は厚さ2ミリで、ちょうど500枚まで重ねられる容器を作ってあったんだよ。これを各投票所へ配り、投票が終了したら色ごとに入れるだけ。立候補者の数が決まった時点で容器の数も増やして、集計の効率化を図るつもりだと言っていた。
◇◇◇
それから二週間後、いよいよ選挙運動が始まった。俺達は暇を見つけて、候補者の演説を聞きに行ってみた。最初は気になるジュリアスさんだ。
「私はジュリアス・ロンダ-ク。国民の皆さんは、私を第二王子と知っておられる方もいるでしょう。そしてその事を不快に思われている人も居られる。では何故立候補したのか?」
うんうん。その辺の話を聞いてみたかったんだよね。皇帝は恐れられ嫌われてたし、その息子が時期皇帝なんて拒否反応も起こるだろうし。
「この話をすると偽善と思われるかもしれません。ですが先ずは私の志について知って頂きたいのです! あの日皇帝である父に謀反を起こしたのは、私であります!」
ザワザワ
「嘘だ! なんで王子が謀反なんて起こせたんだよ!」「そうだそうだ! あの暴動は俺達の意志だったはずだ!」「そんな話、誰が信じるんだよ!」
うわぁ。元第二王子に対してかなり辛らつだな。それだけ皇帝の圧政は醜かったんだろうけど。ジュリアスさんはク-デタ-の中心だったけど、その後早くに帝都を離れたからなぁ。
「あなた達のお気持ちは分かっています。多くの国民の皆様はご存じないと思いますが、私の母は旧ロンダ-ク帝国の姫でした。その母からこの帝国が何を行い、どれ程民を苦しめたかを教えられて育ちました。私はあなた達より恵まれた環境に生まれましたが、一度も父を尊敬した事はありません」
成程なぁ。ジュリアスさんが帝国に染まって無いのは、第二王妃の教育だったんだ。
「そして仰る通り、謀反を計画したのは私ではありません。しかし話を聞き、直ぐに行動に起こしました。この国を救うためには、皇帝とその側近を排除する必要があると! 実際に私は皇帝を誘導し処罰の現場にも立ち会っています。その時自分の仕事は終わったと考えていたんです」
ロザヴィア様の話でもそんな感じだったよね。その後俺達と会い、バルトフェルト達と一緒に旧ロンダ-クに行ったはずだもんね。
「しかし母と共にロンダ-クの元領地に戻り生活を共にし、領地の人々の気持ちを知りました。旧国の復興を願う気持ちもありますが、私は多くの国民が幸せに生活を送れる国にしたい。そのチャンスが今この国で起こっているのも知っています。そこで私ならどの様な政策が実行できるか考えたんです」
元々戦争でくっついた国だから、国を復活させたい人もいるだろうね。でもこんな疲弊した状態で旧国家を復活させても、直ぐに破綻するよね。
「私は悪政を行う人間を間近で見てきました。そんな私だからこそ、二度と道を踏み外さない政策を実行出来ます! どうか私を皆さんの気持ちを反映するリ-ダ-として認めて頂けませんか? 私は必ずこの国を住みよい国にして見せます!」
力の籠った話だなぁ。ただ気持ちだけじゃなく、現実的な政策がどんなものか? それが実行可能な物か? それによってジュリアスさんの評価が分かれるだろうね。
初めて聞きに来た演説はこの後、政策の話に移って行った。立ち止まって聞く人もいれば、離れていく人もいる。選挙が進むにつれ各候補者の情報も入って来るだろう。
ハ-モニック帝国の選挙はまだ始まったばかりだ―――
いよいよ始まった皇帝選挙運動。果たしてどの候補者が皇帝に選ばれるんだろうか?