牢獄からの解放
クーデターの最中、発見されたのは...
その男は長い間幽閉されていた。
自分は何をしたんだっけ?
いきなり捕らえられ、投獄された事は覚えている。
だが何故この様な事になったのか?
「おい! 生きてるか?」
余りにも長い間、ただ生かされていた男。
自身にかけられた声にも気がつかない。
「しかしこの匂いは、たまらねぇな」
「ああ。両手がこの鎖で繋がれたままだからなぁ。排泄もこのままだったみたいだな」
その男を解放しにやって来たミネルヴァ教の信者も、漂う匂いに吐きそうになっていた。
この男の正体は、ユキナリ・タオカ。
速水達と同様、日本からの転移者だ。
彼がこの世界に来たのは18歳。
学校は行かず家に引きこもり、趣味のミリタリー雑誌を読んでいる時にそれは起こった。
家が崩壊してもおかしくない程の揺れを感じ、とっさに布団をかぶった。
揺れが収まった後、周囲を確認した彼が見たのは見たこともない景色。
しばらくは家に引きこもり続けたのだが、夜に明かりもなく水道も使えない。
彼は生きる為に外に出た。
「ここはどこだよ? 俺は夢でも見てるのか?」
彼の目の前に広がるのは、麦畑。
周辺を少し見てまわったが、家を見失う可能性に恐怖し必要以上に離れなかった。
幸いな事に川を発見した彼は、その水を飲んだ。
だがその後に強烈な腹痛が彼を襲う。
彼は飲み水さえ満足に得られなかったのだ。
その3日後、彼は意識を失う。
そして次に目覚めた時、見知らぬ場所に居たのだった。
「え? ここは何処だよ? 俺は家で......」
意識が無くなったのは、家の中だったはずだ。
しかし今いるのは明らかに小綺麗な部屋。
質の良いベッドに寝ていたのだった。
「お目覚めになられました? 神の御使い様」
「へ?! どなたですか⁈」
「私、専属メイドのリリィと申します」
「神の御使い? なんだそれ? それに専属メイド?」
「混乱されているようですね。でももう大丈夫ですよ」
ユキナリはこの後、リリィから自分が助けられた経緯を聞いた。
そしてこの世界での自身の立場。
今いるのは城の中。
最初は夢の様な話に、ただ混乱するだけだった。
しかしそれも1週間も過ごせば、体力も回復し受け入れざるを得ない。
「タオカ様。明日、皇帝陛下がお会いになるそうです」
「そ、そうか。わかった」
ユキナリがいる国は、ハーメリック帝国。
この時はまだ、大国と言われるほど栄えてはいない。
リリィの話によれば、自身の体調が戻るまで待ってくれていた様だ。
◇◇◇
翌日、謁見の前に案内されたユキナリ。
その部屋の中央に、口髭を生やした男。
そしてその両側に立つ複数の人々。
騎士と思われる人間も見えた。
「よくぞ生きていてくれた。我がこの国の皇帝、ヨハン・ハーメリックである!」
「は、はじめまして。私はユキナリ・タオカと申します。皇帝陛下にお会い出来て光栄です」
「うむ。神の御使い殿に会えて、我もうれしいぞ。これからはこの国の為に尽くしてくれ」
謁見の後、様々な人物と話をした。
その誰もが自分の事を敬い、ちやほやされた。
ユキナリはまだ18歳という年齢で、引きこもりだった為にわからなかった。
自分が何を期待されているのか......
そんなある日、この国の宰相に呼ばれた。
「タオカ殿、あなたの世界にあると言う武器について教えて頂きたいのだ」
「武器ですか? えっと銃とか爆弾? ですかねぇ」
「それはどの様な物なので? 是非とも聞きたいものだな」
モデルガンやシュミレーションゲームが大好きだったユキナリは、宰相にその話をした。
自身の見た映画の中の戦争の話も。
宰相は巧みに誘導し、この国で作れそうな物を探っていく。
ユキナリの自宅にあったモデルガンも回収されていたが、流石にその様な精巧な物は作れない。
そこで目をつけたのは、火薬だった。
そんな宰相の考えなど知るよしもないユキナリ。
それを知った時には、すでに火薬の実験が行われていたのだった。
◇◇◇
ユキナリがこの世界に来てから、3年後。
ハーメリック帝国は、周辺国に宣戦布告した。
「しかしこの火薬という物は凄いな。まるでゴミの様に敵が吹っ飛びよる」
「神の御使い様々ですなぁ。出来れば銃という物も作りたかったのですが」
皇帝と宰相は、火薬による爆発の後を見ていた。
「それで用済みの御使いは、どうしたのだ?」
「地下に投獄致しました。火薬以外ろくに知識もありませんでしたしね」
「期待外れも良い所だったな。だが殺すなよ。まだ使い道はあるのだから」
「心得ております。生かさず殺さずに」
当初とても優遇されていたユキナリだったが、帝国の求める知識を持っていなかった。
これが食品などの話なら別だったのだが、この国が求めたのは武力。
有益な情報が火薬のみであった為、用済みとして投獄されたのだった。
ユキナリが生かされている理由は、この侵略戦争を聖戦にする事。
神の御使いが居るから、神の意思というわけだ。
実際、周辺の大国はこの戦争には関わらなかった。
そして戦争に勝利したルーン帝国は、小国を併合した。
◇◇◇
「では出発します。ハーメリック帝国の帝都まで5日ですわ」
速水達は、政変から1週間後、ハーメリック帝国へ向けて出発した。
どうやら今のところ、略奪なども起こっていないらしい。
「なんか緊張するなぁ。大丈夫らしいけど」
「そうね。私もちょっと怖いかな」
「速水も中村さんも、そないに心配いらんのちゃうか? ジャニス様が大丈夫って言ってはるし」
「篤さんは、もうちょっと緊張感が必要よ」
「愛、田村くんは、あれだからよ」
「安田さん、あれってなんですのん! 気になりますやんか!」
「なんか楽しいー♪ みんな一緒だぁーい!」
「わくわく♪ どきどき丸でおじゃる!」
俺は楽しそうに会話する皆を見ながら、ハーメリック帝国の事を考えていた。
随分と長い間、他国と親交がなかった国。
俺たちは、何を求められるのだろうか?
いよいよハーメリック帝国へ向け出発した速水達。
何が彼らを待ち受けているのだろうか?
次話、帝都到着