速水君頑張る
速水と国王達の話は続く
静香達が新たな情報を得ている一方で、速水は国王達と話を続けていた。
「ハーメリック帝国は我々の動きに気が付いていないのでしょうか?」
「うむ。我が国の諜報ではその気配はない。自国内の問題解決で手一杯なのではないかな」
「それとは別に生きているのなら、転移者と接触もしたいのですが」
「ああ。それについては各国ともに情報を集めている様だが、警備も厳重なのだよ」
「そうですか。その件も何か分かれば私達にも情報を下さい」
「うむ。同じ転移者の事なら構わないだろう」
タオカという人間について多くは知らないが、俺達が日本へ帰る情報を集めるうえで重要人物だ。
正直言って彼が原因で亡くなった方々がいる以上、裁きは受けねばならないと思う。
だが同じ日本人としては、本人の口からどう言う事なのかは確認したい。
「ありがとうございます。話は変わりますが、今後のお話もしておきたいのですが」
「そうだな。今現在の状況も合わせて話そうか」
「私達はメルボンヌを拠点として、先ずインフラの整備を行っております」
ここから今後の計画を話していく。流通を管理するとしても、国内の物資が動く状態にしなければ意味が無い。それにアルメリア同様に文化の発展も合わせて、変化させていく必要性がある。
「インフラの整備と言うと、例の下水道の件か?」
「ええ。先ずはそうなります。衛生環境を整備する事で病の予防にもなりますので」
「病の予防とな? それはどう言う事なのだ?」
「その話の前に食文化についてお話します。アルメリア王国でもそうだったのですが......」
ここから俺はアルメリアで行った数々の事案を説明していった。手づかみ文化から食器を使う食事への転換。それに準じて手洗い、うがいなどの習慣。清潔にすることでどの様な病を防げるのか。
「ふむ。速水殿の話はとても興味深い。何故そのような知識を持っているのだ?」
「その話はこれからする話に繋がるのですが」
ここで教育改革の話も始めた。国民に学習させる事で知識を活用した産業が生まれる可能性。今回提供する知識を活用する為には、学校などの開設は必要である事。順を追って説明する内容に国王と宰相は大きな関心を寄せた。
「そうか。今抱えている国内の問題も、速水殿の話を聞く限り大きな変化が生まれるな」
「我々はその変化を起こすために来ていますから。その為には国としてご協力を頂きたく」
「ああ分かっている。直ぐに文官にもこの話を伝えよう」
「それにプラスして職人の育成もして頂きたい」
「職人の養成と言うと、現在アルメリアがもつ職業訓練校の事であるか?」
「それもあります。ですがそれを待っているだけでは、時間が掛かり過ぎてしまいます」
「それはそうだが、技術と言うものはすぐに習得できぬであろう?」
「勿論そうですが、この国の職人の方々も現場を知れば、それなりに吸収できるのでは?」
実際、学校で習う事も重要だが、現場から得るものはそれ以上のはずだ。見て技術を盗む人材もいるだろう。
「わかった。その件も我が国の職人たちに伝えよう」
「後は酪農従事者でも希望者が居れば今回の事業に参加させてください」
「何? 酪農従事者もか? 確かに土地がダメになっている場所もあるが......」
「色々な選択肢があれば、この国の人々のモチベ-ションが上がりますよ。今まではその選択肢も無かったのですから」
「そうだな。国としても手立てが無く、今の現状を招いてしまった」
「それと学校の教師などは、セレス教の協力をお願いしましょう」
「ちょっと待て。教会関係者を使うなど、前例がないぞ?」
「それは私が話をします。アルメリア王国でもファリス教と共に学校事業を行っておりますので」
「それは信じがたい事だな。国としては教会と問題は起こしたくないのだが」
「どこの国でも同じようですね。ですがこの事で国と教会が関係を深められるのではないでしょうか?」
ファリス教とアルメリア王国の関係性と同じようだ。宗教が力を持つのは分かるのだが、腫物を扱う様な関係性は駄目だ。国の発展を目指すなら良好な関係性を築かなければならない。
「では早速、私はセレス教本部に向かいます。その間に国王様と宰相様は、今の話に沿った予算などを見直して頂けますか?」
「わかった。直ぐに皆を集めて協議しよう。速水殿も教会との話が終われば参加頂きたいのだが」
「わかりました。何日か滞在するつもりで来ていますので、また伺います」
ここで国王達と別れセレス教の本部へ向かう事にした。確信は無いがルシ-ル様なら今回の話も賛同してくれるはずだ。
◇◇◇
セレス教本部に到着しルシ-ル様との面会を申し込んだのだが、まさかそこで静香さん達に会うとは思わなかった。
「あれ? 静香さん達もここに来ていたんですか?」
「え、ええ。その件は後で話すわ。速水君は何故ここに?」
「ちょっとルシ-ル様に話があって。今回の事業に関わる事なんですが」
「そ、そう。一緒に聞いても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。内緒の話では無いですし。ただ話が終わったら王城へ戻らないといけないんですが」
「え? そうなのね。わかったわ」
「そ・れ・で。イチャイチャは終わったのかしら?」
ルシ-ル様は面白い物を見る顔で訊ねて来た。俺と静香さんは顔を真っ赤にしたよ。
「い、イチャイチャしてませんから! それよりも話を聞いてもらえますか?」
「良いわよ。どんな話なのかしら?」
そこから学校設立の話と協力を要請する話をした。少し驚いた様子のルシ-ル様だったが、話を聞いた上で返事をもらった。
「面白い事考えるのね。良いわ。協力はする。でも私達の見返りは何なの?」
「国から教会に対してのお布施はしっかりとしてもらいますよ。それに布教のチャンスですよ?」
「成程ね。わかったわ。その条件で協力しましょう。その学校は国内の街全てなのよね?」
「俺はそのつもりです。一部の街に限定すると学校に通える人物が限られます。それなら貴族学校と変わらないですから」
「という事は今回の学校は、貴族以外の人間が対象なのね」
「ええ。この国に暮らす全ての人々が対象です」
この俺の言葉に目を大きく開いたルシ-ル様は、ジッと俺を見つめた後に俺と握手をした。
何だろう? ルシ-ル様が俺を見る目が変わった気がした。
「良かった。これで国王様に良い報告が出来ますよ。それで静香さんの話って何ですか?」
「え? あ、それは速水君の時間が空いてからで」
「そうですか。分かりました」
俺はこの時、静香さんの表情が晴れない事に気がついて居なかったんだ。
そしてその場にいる千鶴さんとルシ-ル様も同様だった事にも。
「静香ぁ! 早くご飯食べたいよぉ!」
「わ、わかったわよ。じゃあ速水君後で」
「了解しました。それじゃあ、俺は城へ戻ります」
俺はそう返事をするとルシ-ル様へ挨拶してセレス教本部を後にした。
この時、彼女たちの様子に気が付くべきだった。
それを後悔するのはずっと後の事になる―――
サリファス王国でもアルメリア王国と同様に変化が起こって行く。
その変化には速水自身が気が付かない物があったのだが......
次話は変化の始まり