智の将軍
スレイブ王国との国境の街に到着したのだが......
田村達スレイブ王国へ向かう一行は、国境の街サイラスへ到着した。ルコモンドとは違い、要塞じみた街では無かった。
「ほぉ、ここがサイラスかいな」
「田村君、何かこの街について聞いてるの?」
「倉木さん、一応情報は仕入れてまっせ! 何でもアルメリア王国の将軍が治めてるって言ってましたわ」
「将軍さんて言うと、ルコモンドさんみたいに強面の人かしらね?」
「それが、そうでもないらしいですわ」
そんな会話をしていると、街の衛兵と共にすらっとした身なりの良い人がやって来た。
「ようこそ! 私がこの街を治めるゴラッソ・サイラスだ。君達に会えるのを楽しみにしていたよ」
「初めまして。信頼雑貨の高橋 遼です」
「同じく信頼雑貨の蓮見 健司です」
代表して高橋課長と蓮見課長が挨拶する。続いて......
「私はアルメリアに入った時に挨拶したわね」
「はい。ゾルダン教皇様は忘れませんな」※注 イメルダさんだよ。
「えっとファリス教アルメリア教会のトミ-・クレメンスでおじゃる」
「うわっ! トミ-神父はん、ちゃんと挨拶しとる!」
「こら! 田村君! ああ見えても神父さんだよ!」
「愛......フォロ-になってないわ」
「美樹? 何で?」
「ねぇ洋子、愛さんて天然?」
「恵には言われたくないと思うけどね。確かに意外と天然だわね」
「ちょっと! 洋子も恵もひどくない⁉」
「何やら楽しそうなメンバ-ですな。さぁ、とにかくうちの屋敷に参りましょうか」
今日はサイラス辺境伯(将軍)の屋敷で一泊した後、明日の朝にスレイブ王国に入国する予定や。
移動中、静かだったのは職人の安藤さんと品管の間宮さん。
「安藤さんも間宮さんもどうしたんでっか? 何や元気ありまへんけど?」
「田村が元気すぎるんだ。俺は明日からの予定を考えてたんだ」
「私もそうですよ。馬車にもちょっと疲れましたが」
安藤さんは職人らしく角刈りのムキムキマッチョなんやけど、対照的に間宮さんは研究員らしく肌も白く痩せてるんや。
「ん? 間宮は車酔いするんだったか?」
「お前......いつもキャンプに行く時酔ってたよ!」
「そうなのか? すまん。見てなかったわ」
「安藤さんと間宮さんて仲良いんでっか? 何や意外な取り合わせですわ」
「俺と間宮は同期なんだ。プライべ-トでキャンプも一緒に行ってるぞ」
「それは俺を無理やり連れて行くんだろうが! 俺にも用事があるって言うのに!」
「そうだったか? まぁ良いじゃないか! あはは」
「なんやかんや言うて仲良しですがな。確かに馬車も長く乗ってるとしんどいですわ」
「間宮、例の計画はまだダメなのか?」
「ん? あれは燃料が手に入らないからな。まだ肝心の物が見つかってない」
「そのあれって何ですのん? めっちゃ気になりますやんか」
「大きな声では言えないが、気球を作ってるんだよ」
「まぁ作るって言っても構造自体は難しくないからねぇ」
新たな移動手段を考える上で、空の移動はロマンがあるやろ? でも気球の燃料となるプロパンガスが手に入らんのや。何故ならプロパンガスは液化石油ガス。石油が見つからへんから、空を飛ぶ計画は頓挫してるんやて。開発の進む蒸気機関とは違い、現状は計画が進むかどうかはわからんらしいわ。
「見つかるまで待つしかありませんなぁ。空飛べたら面白そうやけど」
「天然ガスって言う手もあるが、そう都合よく見つかるもんじゃないしな」
「見つかっても爆発する恐れもあるんだ。田村はお調子者だから注意するように」
「流石の俺でもわかってますがな! 命が大事やさかい!」
◇◇◇
その後、屋敷に到着し休憩を挟み、改めて応接室でサイラス辺境伯と今回の計画を話したんやけど。
ここは蓮見さんと高橋さんに任せとく。
「ここまで馬車で来るとは思っていなかったよ」
「サイラス殿、トロッコも繋がっていますが、献上する馬車もありますし」
「例の馬車かね。是非ともうちにも欲しいものだが」
「蓮見、馬車ってまだここには届いてなかったのか?」
「ああ。確か王都に届いてるはずだが?」
「そうか。王都に問い合わせてみよう。何、良くある事なんだ」
改めて見るサイラス辺境伯は、とても紳士的な人や。どうみても将軍には見えへんなぁ、と思いながら見てたら......
「田村君だったか? 何か意外そうだな」
「へ?! す、すんまへん!」
「いや良いんだよ。巷では『智の将軍』なんて言われているが、ルコモンドのように迫力も無いしな」
「そ、そんなことは......ちょっと思ってましたけど」
「アハハ! 素直で宜しい。まぁ戦争は武力だけでするものじゃないからな」
ここからサイラス辺境伯が、『智の将軍』と言われる由縁について話を聞いたんや。何でも20年程前にスレイブ王国と小競り合いが起きたらしいわ。
「当時のスレイブ王国は食糧難だったんだ。そこで一部の貴族がアルメリアへ侵略してきた」
「それをサイラス様が抑えたんでっか?」
一部と言ってもその数は万を超える軍やったんやが、サイラス辺境伯は最初から戦うつもりは無かったんや。何故? そらあれや。相手は食料無いんやから。分かるやろ?
「完全に外門を閉ざし、相手が疲弊するのを待ったのだ。こちらも時折飛んでくる矢や岩に注意する必要はあったがな」
「よう外壁や門がもちましたなぁ。火でもつけられたら厄介やったでしょうに」
「それはこちらも織り込み済みさ。上から近ずく者だけは矢で牽制したさ。出来るだけ殺さない様にな」
軍と言っても農民が多く、碌な戦力では無かったんやて。結局1か月後、食料の尽きたスレイブ王国に食料を輸出する見返りに賠償を請求したって......なんやこの人案外怖いんちゃうか?
「こちらも死者は出なかったものの、負傷者もいたしな。迷惑料はしっかりと頂いた」
「何か農民の一揆みたいでんなぁ。それから『智の将軍』って言われてるんでっか?」
「まぁその功績で将軍なんて役職が回って来たわけさ。我が国には修理代以外は被害も無いしな」
ちょっとがっかりした事は内緒や。そう言えば大きな戦争って、例のハ-メリック帝国の件以外は文献にも載ってなかったわな。
「この国を含めハ-メリック帝国以外は平和な大陸なんだよ。小さな争いは各国にもあるだろうがね」
「ほんならルコモンド辺境伯はどうですのん?」
「奴はちゃんと武功をあげてるよ。例のハ-メリック帝国の内戦時に、サリファス経由で逃げてた小国と戦いがあったからな」
ルコモンドさんが戦った相手が、王都で出会ったバルトフェルトの所属していた、旧ロンダ-ク王国の残党だった。って俺は知らんけど。
この戦いについては別の機会で語られるらしいで。
色々な話を聞きながら夜は更けていく。明日はいよいよスレイブ王国に向かう事になる。
今回は田村が語り部を担当しました。意外と腹黒そうなサイラス辺境伯だった。
次話は速水サイド。